STEA


何度も何度も前に乗っ取った要領で思考を乗っ取ろうと試みたが、
どうしてもこの人間の思考は乗っ取れなかった。
別に意思が確固たる物だったからじゃあない。
その逆で、何だかあまりにも捉え様が無かったからだ。

思考が乗っ取れれば最近の記憶や複雑な思考内容、
そして多少無理をすれば深層心理まで踏み込めたのに。
頭の中に入り込めているのなら思考内容が読めるはずなのだ。
なのに何故かこの人間の思考回路は全くという程読めなかった。

『あぁもう!!何なのよ一体!!』

私は苛立ちを抑えきれずに思わずそう怒鳴った。
すると、急にその人間が立ち止まった。

「ん?」

そしてキョロキョロと周りを見回す。
でも当然周りには人っ子一人居ない。
その人間は首を傾げ、頭をポリポリ掻くと再び歩き出した。

『な、何・・・私の声が聞こえるの??』

初めての出来事に私は本当に驚いて、そう呟いた。
そしたらこの人間は今度もまたピタッと立ち止まる。

「誰か、居るだろ」

ギックゥ!!!
も、もしかしてコイツ、ハンター!?
だったら一刻も早く逃げなきゃ!!

『ステア!!逃げるよ!!!』

そう叫んでもステアは全く反応しない。
もしかしたらステアはここに居ないのだろうか??
そんな風に私が焦りまくっていると、その人は不思議そうに首を傾げた。

「あれ?別にハックされた訳じゃないみたいだな。じゃあ何だぁ?」

むぅぅ、とその人は腕を組んで本当に不思議そうに考え込んでいる。
その様子と、聞いた事のある単語に私は「あれ?」と思うと、
何故だか自然と心が落ち着いてきた。

『ねぇ、貴方、私の声が聞こえるの?』

何時の間にか私の口からそんな言葉が零れていた。
人の頭の中に入り込んで意思の疎通が出来た事なんて初めてだった。

「うん、聞こえる聞こえる。なんで僕の頭の中に??」

『え。あ、それは・・・解らないの。記憶が全然無いのよ』

取り敢えず私はそう嘘を吐いて誤魔化す事にした。

「嘘だろ?だってさっき“何なのよイッタァイ♪”とか、
 “ステア、逃げるよぉ☆”とか言ってたでしょうに。
 くすくす、まぁ良いよ。
 どうして僕の頭の中に入れたのかは知らないけど、詳細は喋りたくないんだろ?
 ってか別に僕も知らなくて良いからねぇ」

・・・呆気に取られて咄嗟に言葉が出なかった。
ンなんて嫌なヤツ!!・・・とは、思ったけど。

『キミ、随分意地悪なのね』

皮肉た〜っぷりにそう言ってやったらカラカラカラと笑われてしまった。
どうやら私は非常に腹立たしいヤツの頭の中に入り込んでしまったらしい。

しかし私にとって幸いだったのは、彼がハンターではなかった事と、
この状況を不快に思わず、むしろ楽しんでいるように思われた事だった。
自分の意識内にもう一人の人格が出てくるって事が不安じゃないのかな?

結構後でその事を聞いたら、“多重人格だしねぇ”と笑ってた。
コイツの場合冗談に聞こえないからタチが悪い。

それから話を詳しく聞くと、なんと私はネットの中に飛び込んだらしい。

ホントにややこしい話なのだが・・・

今、私が意識を共有している人物はネットの中の仮想の人間であって、
それを操る人間(彼は主人と呼んだ)の思考の中に入り込んだ訳では無いらしい。
それは、納得できた。
だってもしそうだとしたら今私が見ているのはパソコンの画面のハズだから。
つまり、この世界は一般に言われるHN(ハンドルネーム)達の世界なのだ。
一概には信じられないがこれが現実なんだからしょうがない。
だから、今まで世界が矢継ぎ早に変化していったのはなんて事は無い、
彼(と思うけどネットの世界だからどうだか・・・)がネットサーフィンをしていただけだったのだ。

しかし、そうと解るとまるで夢のような世界ではないか?
構築された各世界(サイト)の世界観に身を委ねる事が可能だなんて!
彼の主人がネットの世界に自分の仮想の分身(彼)を作り、
それを動かして間接的に楽しんでいるのに比べ・・・
今の私は直接的に、このあまりにも広大で何でもありのネットという宇宙の中に居るのだ!

ワクワクしてきた私は、これからどうするかに思いを馳せていた。



彼に頼んで面白そうな所に連れて行ってもらう

彼に任せる

自分の行きたい所に行ってもらう