STEA


「OK」

私の申し出に彼はそう笑って快諾してくれた。

「じゃあ、早速行こうか」

そう言うと彼は左手に備えられたミクロパソコンを器用に操作し、
再びあの虹色の扉を出した。
彼がゆっくりとその扉をくぐると、そこは洒落た雰囲気のバーだった。
どうやら彼は馴染みの酒場に連れて(?)行ってくれたらしい。
そこは、インターネットの世界で言う所のいわゆるCHAT場だった。

この世界で人と人が出会うには、偶然ではなく必然でなければいけない。
つまりこう言った場所でしか、お互い会える機会は無いのだ。
そう考えると、実はHN達は相当孤独なのかもしれない。
まぁ、それは彼らの主人(実像)の人となりによるのだろうが。

互いに連絡を取り合う方法はメールやメッセージ交換、掲示板などが挙げられるが、
それらはやっぱり手間がかかり結構面倒なんだそうだ。
とか言いつつも彼は今一番普及しているだろう超高速メッセージ交換「ICU(IseeYou)」を
愛用しているらしく、ひっきりなしに彼の右腕に装着されたICUが軽快な音を鳴らしていた。
その度に彼は少し小煩そうに、でも喜んで返事を書いていた。

コイツ、実は素直じゃないのかもしれない・・・


さて、馴染みの酒場に入った彼は真っ直ぐカウンターの方へと歩いていく。
座って注文を出すのかと思ったらなんとそのまま中に入って行くではないか。
私は焦って大丈夫なの?と聞いたが彼は笑って器具をドンドン前に出していった。
そして慣れた手つきでシェイカーを操ると、早速私(自分?)用にカクテルを作り始めた。
この世界では「〜を作った」って書けば物体が現れるのかと思ったけれど、
彼の主人は趣味でカクテルを作っているのか色々と詳しいようで、
分量やシェイクの仕方が素人目に見ても拘っていると見て取れた。

そのせいかどうかはわからないが、彼が作ってくれた蒼白な色のカクテル、
「ブルースカイ」の味は格別なものと感じられた。
私は中学生で本当はお酒なんて飲んじゃいけないのだけれど、
良いよね、黙ってても。
だって飲んでるのは私じゃなくて彼だもの。

彼は小声で私に美味しいかどうか囁く。
私が正直に美味しい、と言うと彼は嬉しそうに微笑んだ。

「良かった。僕には味が解らないんだ。そっか、美味しいかぁ」

彼はそう満足そうに、でも少し寂しそうに笑った。
その言葉と笑顔に何故か私は少し胸が痛んだ。

彼はこの酒場の常連らしく、仲間から何やら冷やかされたりからかわれていたりしたけど、
別段彼は腹も立てていない様子で、スネたフリや傷ついたフリをして周りを笑わせていた。
これがこの場所での彼の役割なんだろうなぁと、オボロゲながらに私は思った。

酒場の中の人達は皆明るく、ちょっと毒がキツイ人も居たが総じて良い人達のようだ。
HN同士がリアルタイムに話し合う機会なんて滅多に無いのだろうが、
ここの人達は互いに連絡を取り合い、楽しく話し合っているらしい。

NETの世界は基本的に孤独だろうと思っていた私の価値観は、
このワイワイと盛り上がっている酒場に連れて来てもらって一変した。


やがて酒場の仲間達が集まって、彼と何かを相談していた。
その話の内容は私には全然解らなかったが、彼の呟きで急激な不安に襲われた。



「やれやれ、今回は死にたくないなぁ」