一人ぽっち

 教師達の下らない自己陶酔の為の式が終わり、
 周りの・・・・新しく二年生となった同級生達が不満を零している中、
 僕は一人そわそわとしていた。
 何故かと言うと、進級してのクラス変えで
 僕とユキは一緒のクラスになったのだ。
 その事を純粋に喜んでいた僕は、きっとあの頃から
 彼女の事が気になっていたのかもしれない。
 しかし、先刻からユキを目で探していても、全く見当たらない。
 休憩時間中に、僕はユキの友人に彼女が何故来ていないか尋ねてみた。
 ユキの友人は最初は言い渋っていたが、僕が執拗に聞くとあっさりと喋った。
 その内容は僕にとって全く意外な話であった。
 
「彼女のお母さんが、病気で死んじゃったの。」
 
 今は喪中である事、相当ショックを受けていた事、顔面蒼白であった事。
 
「お母さんの写真を腕に抱いたまま下にうつむいて、目は虚ろだった・・・・。」
 
 哀れむ様な、だが客観的なその言葉を耳に入れながらも、
 僕は呆然とその場に立ち尽くしていた。
 
三章 〜周り出す歯車〜

 学校が終わって、僕はユキの家に立ち寄った。
 彼女の家に向かう、その足は非常に重かった。
 
『会った所で自分に何が言えるだろうか・・・・』
 
 そう思うと急に自分の家に帰りたくなった。
 やはり帰ろうかと、何度も路上で立ち止まってしまった。
 しかし、僕はなんとか彼女の家の前まで来て、
 そのプッシュホンをそっと押した。
 
『ピンポーン』・・・・返事がない。
 
『ピンポーン』・・・・返事がない。
 
 僕は頭を掻いて、もう一度鳴らすか鳴らすまいかを考えた。
 ・・・・プッシュホンに手を伸ばす。
 
『・・・・・・・・・・』・・・・僕はプッシュホンを押さなかった。
 
 頭をカリコリ、と掻いて、帰る為にドアから背を向けた、その時。
 
「・・・・誰・・・・?」
 
 聞きなれた女性の声が僕の足を止めた。
 僕が振りかえると、ドアの少しの隙間から
 こちらを覗いているユキの蒼ざめた白い顔が見えた。
 ユキは僕だと解ると少し驚いて、急いで右手で目をこする。
 皮肉にもその行為が、今まで彼女が泣いていたという事を伺わせた。
 それを悟ってしまった僕は、来る途中に色々考えた
 出だしの言葉を全て忘れてしまった。
 
「あ・・・・いや、その、・・・・えっと・・・・。」
 
 適当な言葉が見つからずにいる僕を、彼女はキッと睨みつける。
 
「何しに来たの?」
 
 僕は少しムッとした。やっぱり来るんじゃなかった。
 僕はかなりここに来た事を後悔していた。
 
「・・・・今日配られたプリント。それと、提出物は後で良いってさ。」
 
 僕は少し怒気を含ませてそう言い捨てて、
 横を向きながらプリントをグイ、と前に押し出した。
 僕は別に聖者じゃない。感情をコントロールするなどできなかった。
 
「・・・・ありがとう・・・・・・・・ごめん。」
 
 ユキがうつむきながら、かすれた声でそう呟いて受け取る。
 今にも泣き出しそうだ。何時もの居丈高な姿勢がない。
 彼女の脆い部分が、前面に出てしまっている。
 僕は普段と全く違うユキの態度に少し驚いたが、
 それも当然か、と思うと何故か急に自分も悲しくなってきた。
 
「酷い顔・・・・してるぜ・・・・?」
 
 僕は横を向きながら、そう言った。
 ユキは少しムッとして言葉を返す。
 
「こんな時にツヤツヤした顔のヤツが居たら、張り倒してやるわ!!」
 
 彼女は、真面目にそう怒鳴った。
 だが、きょとん、とした僕は、不意にクスッと笑ってしまった。
 
「何が可笑しいの!?」
 
 彼女は本気で怒っている様子だった。
 僕は苦笑いをして・・・・できるだけ優しい瞳でユキの瞳を見据える。
 
「・・・・やっとお前らしくなったな、ってさ。」
 
 彼女は呆れたような顔をして、ぷいっと向こうを向いた。
 白い顔に少し赤みが差してきた様だった。
 
「ごめん・・・・。」
 
 僕は流石に不謹慎だったか、と思い、すまなそうにそう謝った。
 
「・・・・手くらい合わせて行きなさいよ。」
 
 少しの沈黙の後に、そうぶっきらぼうに言うと、
 ユキはドアを開けて中に入って行った。
 
「うん。」
 
 僕はそう微笑んで、彼女の後をついて中に入って行った。
 

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