僕の中学生活でのライフステータスは人を笑わせる事だった。 実際にあったことを面白おかしく脚色するのは勿論の事、 僕の話す事の大半は偽りの話しであった。 多くの人間が僕の話を楽しみにし、その為に騙されていった。 僕はありもしない話に喜び感心する友人達の中で、 深い後悔と罪悪を感じていたが、今更引き帰す事など出来なかった。 ふと、僕が例の子を目で探すと、彼女は独りでその部屋の隅の パソコンに向かって、静かに作業をしていた。 僕は一行から離れ、その子の横に何気なく座り、話しかける。 「そんな事一人でやってないで、さ。一緒に話そうよ。」 その子はお世辞にも人付き合いが良いと言える人間ではなく、 話し掛け辛い雰囲気と、理知的で冷たいその瞳から、 他人から結構避けられていた。 しかし僕は、そんな評判の彼女に初めて会った時から興味を持っていた。 「嘘吐いてまで一緒に居て、楽しいの?」 その辛辣な一言に、僕の作られた笑顔は一瞬のうちに凍らされた。 「・・・・そこ、間違ってるよ。」 笑顔を崩さず僕が何とかそう言うと、彼女の指は一瞬止まり、 その間違っていた個所を正確に直しだした。 顔と冷たい瞳は前を向いたまま、「ありがと」と溜め息を吐く様に言う。 「どういたしまして。」 僕はそう言ってニコッと微笑む。 ・・・・彼女の指が静かに止まり、椅子を回転させ初めて僕の方に向く。 椅子から「キィッ」という心地良い悲鳴が鳴る。 「辛くない?」 その冷たく無感情な瞳は、僕の瞳を真っ直ぐ射抜いている。 「・・・・もう慣れたさ。」 僕は目を逸らし、素っ気無くそう即答した。 自分の背中に冷や汗が流れるのを感じる。 まるで自分の仮面を一枚一枚剥がされている様だった。 目の前の彼女は溜め息を吐いて言う。 「嘘はもう良い。」 そしてまた画面に目を戻し、作業を始めだした。 瞬間、僕は怒鳴りだしたい衝動にかられた。 「アンタに何が解る!俺に他に何が出来る!?俺を哀れみの目で見るな!!」 そう言えば、僕の今までの人生は否定され、 新しい生き方が歩めたかもしれない。 そして僕は、今のどう仕様も無い状況から救われたかもしれない。 しかしそれは、部屋の中に居た人間の野卑な冷やかしによって適わなかった。 「おい、どうした。ふられたかい?」 部屋の中がくすくす、という含み笑いで渦巻く。 僕はその言葉で我にかえった。 いや、また仮面をかぶらされたと言うのが適当か。 僕は肩をすくめて残念そうな顔で嘆く。 「うるさい男はお嫌いらしい。」 ドッと室内が沸きあがる。僕の心の中は、安心感と自己嫌悪で渦巻いていた。 隣の彼女は真っ赤な顔のまま画面を睨みつけ作業を続けている。 僕は不意にクスッと笑った。その精神と表情のアンバランス。 そしてそれを自覚している彼女の怒った様な困った様な顔が、 妙に可愛らしく見えたのだ。 「・・・・今の気分は?」 僕は突然そう彼女に尋ねた。 「最悪。」 彼女は未だ顔を真っ赤にしながら、そう吐き捨てる様に即答する。 「・・・・貴方は?」 今度は彼女が僕に尋ねた。少し僕に興味を持ったのかもしれない。 僕は腕を組み、背もたれに寄りかかりながら、少し考える。 「んんー。チョコレートパフェの断面図を横から見たような感じ?」 僕は笑ってそう答えた。彼女は僕の意外な返答に、 困った様な顔をして、考え込む。 「・・・・コーヒーにミルクを入れた瞬間・・・・かな。」 「そう、それ。」 僕と彼女は数瞬の間を置いた後、ドッと笑い出した。 室内に居た部員など気にも止めずにお互い笑いあった。 部員達は、先程までの険悪な雰囲気の二人に何が起きたのかと、 驚き呆れている。それでも僕らは笑っていた。 ・・・・しばらくして、笑いすぎて涙目の僕が言う。 「はぁ〜・・・・こんなに心底笑ったのは久しぶりだなぁ。」 「ふぅん。素直になってきたじゃない。」 悪戯っぽく笑って彼女が冷やかす。 その言葉に僕は傷ついた様な顔で答える。 「まるで俺は狼少年みたいだなぁ・・・・。」 「まさか!」彼女は驚いて言った。 「狼少年はそんなにひねくれていないわよ。」 もう僕は、苦笑いをするしかなかった。 その顔を見た彼女は、くすっ、と実に魅力的な笑顔をした後、 大きな深呼吸と大きな息を吐いて、再び作業を始めだした。 その一件から、僕と彼女・・・・ユキは、良く話をするようになった。 お互い激しい口論をする事も多々あったが、僕はユキ以外に 自分の本音を吐露する人間は居なかったし、 ユキが他の人間と口論している所を見た事が無かったから、 きっとユキも僕と同じだったのだろう。 部活内では犬猿の仲だと呆れられていたが、 僕は別に嫌われているとは思わなかったし、 彼女の事を嫌ってもいなかった。 いや、むしろ好意を持っていたんだと思う そんな風にして二人の時間は過ぎて行き、一年が経った。 (←前の章へ) (次の章へ→) |