一人ぽっち

 僕の家庭はあまり普通ではなかったようだ。
 共働きで、両親とも教職だった為に常に特別視された。
 だが、その環境で育っている自分に違和感は無かった。
 ただ、帰っても誰も居ない家に一人で居るのは無性に寂しかった。
 教師という仕事が如何に大変で、時間に縛られるか、
 知らなかった時分の話だ。
 納得できるはずもなかった。
 
 兄弟には兄と妹が居る。
 その兄とは五つ年齢差があり、何でも出来る優等生だった。
 何かにつけそんな兄と比較される事に、僕は酷く苛立った。
 そして何もかもに負けてしまう事実が悔しかった。
 しかし僕は、そんな強烈なコンプレックスを
 興奮した時以外はおくびにも見せなかった。
 兄は察していたかもしれないが、僕はとにかくひたすら隠した。
 憎しみと憧れが、何時も僕の心に同居していたのを覚えている。
 
 そして、僕の家族の中で、僕だけ勉強ができなかった。
 いわゆる落ちこぼれと言うヤツだろうか。
 父はそんな僕を叱咤したし、母は哀れみの目で慰めた。
 何時も皆にこう言われる。
 
『なんでお前だけできない』
 
 その言葉は、何時も僕を孤独にした。
 
 僕は小学校四年生の時に家庭の事情で引越しをした。
 その転校前日、僕は布団の中で見知らぬ土地への恐怖に怯えていた。
 イジメられ、阻害される事を異常に恐怖した。
 家庭での孤独感は僕をそれほどまでに追い込んでいたのだ。
 そして僕は自分なりの結論を出す。
 それは、「道化師」として自分の存在意義を確立する、と言うものだった。
 あまりにも情け無い結論ではあったが、
 僕はそれしか自分が生きていく道は無いと思っていた。
 
『笑わせれば気に入られる。』
 
 自分に自信が持てなかった僕は、他に道を見出せなかったのだろう。
 ユーモアのある人間は何処でも重宝されたし、
 それは新しく転入する小学校でも同じだった。
 そうして僕は他人を騙し、友達を騙し、自分を騙し、
 何か大事なものを捨てたまま、小学校を卒業し中学に入学した・・・・。
 
一章 〜第一印象〜

 僕の中学校生活は小学校の頃のそれと然程変わらなかった。
 下らない事で笑っているクラスメイトと一緒に馬鹿な事で笑う・・・・。
 そんな簡単な事で僕の中学校生活は呆気無いほど簡単に保証された。
 僕はもう、自分に嘘を吐く事にも慣れていた。
 
 中学校一年に僕はパソコン部に入部した。
 体育会系の部に入らずに、パソコン部に入った理由は簡単であった。
 入部数が一番少なく、楽だろうと思ったのだ。
 だがその甘い考えは意外な形で裏切られる事になった。
 新入部員自己紹介で嬉しそうに薀蓄をたれている人間が、
 男女合わせて八人も居たのである。
 僕は恍惚として自慢している同級生を横目に、
 何でこんな事になったのかとうんざりしていた。
 眼鏡をかけたインテリそうな人間の長ったらしい自己満足とも取れる
 自己紹介に(自己紹介と言う点では見事な自己紹介ではあるが)、
 拍手が起こる。僕は心底うんざりしながらも、周りに合わせて拍手した。
 拍手をもらっている男は照れながらも当然、と言ったような顔で笑っている。
 僕の一番嫌いな笑い方だ。
 
『こんなのばっかりか』
 
 内心そう呟きながら、この拷問に近い時間が早く過ぎ去る事を祈った。
 横目で列を見ると、未だ後3人も残っている。
 自分の後ろに人間が居ない事を僕は心底喜んだ。
 一人・・・・また一人と満足げな表情で、長ったらしい、
 殆ど意味が無いのではないかと思われる内容を喋り終える。
 
 最後の一人であった。僕は頭痛に悩まされながら、
 来るべき拷問への用意をした。が。
 
「・・・・です。」
 
 隣の人間はそう自分の名前を言い、軽く頭を下げただけで終わった。
 時間にして約三秒。部屋の中は妙に静まっていた。
 僕も当然驚いて隣を見た。良い度胸だ、とも思った。
 長いストレートへアーに理知的な瞳、透き通る程の白い肌と細い身体。
 そしてその全てを包んでいる冷ややかな雰囲気。
 
「そ、それだけ?」
 
 部長と思しき人間がその女に尋ねる。
 
「はい。」
 
 冷ややかな瞳であっさりと答える。
 部長と思しき人間は明らかに混乱している。
 
「・・・・です、よろしく。」
 
 僕はそんな中、自分の名前に“よろしく”と付け加えただけで一礼した。
 顔は、にこにこと、だ。
 先程までの憮然たる表情とのギャップと、そのパフォーマンスに
 呆気にとられる室内。当然だ。僕と隣の女は明らかに浮いている。
 僕はその子にニコッと微笑んで見せると、彼女はくすっと笑って
 すぐに前を向いた。実に魅力的な笑顔だった。
 
 それが僕とユキとの初めての出会いであり、始まりだった。
 

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