STEA 「そういえば、貴方の世界は?」 彼は私の突然のその言葉に少しビックリしたようだ。 だけどこんなに人付き合いが良くて、またネットの世界に熱狂的な彼の主人が、 自分の世界を作っていないはずが無い。 私は半ば確信にも似た思いで彼にそう尋ねていた。 その私の確信が解ったのか、彼は少し困ったような顔をして考え込む。 だけど諦めたのか、例の如くゴーグルを下ろして何やら指を動かし始めた。 輝く扉を開いて入った先は何とも異様な雰囲気のする世界だった。 何と言うか・・・全ての要素が混濁としていて、繋がっているような、バラバラのような・・・ 絵には全然詳しくないのだけど、ピカソの絵を具現化したらこんな世界になるのだろうか? そう思うほど、この世界は雑然としていてまとまりがあるような、ないような。 「だから連れて来たくなかったんだよ」 ボケ〜っと見ていてノーコメントだった私に、彼はそう苦笑した。 「ううん、いや、なんか驚いて・・・」 フォローになって無いような私の言葉に、ただ笑って歩き出す彼。 でも、勿論初めて見るこの世界を私は何処かで見た様な気がしてしょうがなかった。 何故かその既視感は違和感にはならず、私の胸にスッと溶けたけれど。 何と言うか・・・簡単に言えば、彼の世界は滅茶苦茶だった。 映画館の中で流れる映画に合わせて演奏をしているバンドマンや、 演奏を始めるジャズメン達の後ろで淡々と詩を吟じる男達や・・・ とにかく彼の主人は、何かと何かの要素を組み合わせないと気がすまない人らしい。 時々、それが妙にマッチしているのもあるけれど、当然不協和になっているものもあった。 そんな混濁とした世界の中、あまり目立たない所にあるライブハウスが私の目にとまった。 「あれは何?」 ひょっとして隠し部屋を発見してしまったんじゃないかと興味本位で私がそう聞く。 すると彼は何故かビックリして、 「何でもない!何でも!!」 と言って早歩きで通り過ぎようとした。 そんなに慌てて何も無いはずがないじゃなぁい!と私は笑って、 行って行って!と彼に叫んだ。 彼は最初、耳を両手で塞いで聞こえないふりをしていたけど、 あまりに私がシツコク言うので、渋々と、本っ当に渋々と! そのライブハウスに足を向けた。 そこは結構寂れたライブハウスで、客も従業員も当然の様に誰も居なかった。 「ちょい、待ってな」 彼はそう言うと、右手のICUを使い誰かと連絡をとりだした。 しばらくしてそのライブハウスに次々と扉が出現し、彼と同じ・・・HN達が現れた。 「ん?お客さん居ないじゃん?」 ドラムのスティックを持った人がガッカリしたようにそう言った。 「いや、俺の頭の中に今居るのよ」 そう彼は笑ってベースの調弦をしだす。 「なんじゃそりゃあ」 そう呆れたような顔をして笑った人は、ピアノの方へ歩いて行った。 「まぁ久々だし。合わせようよ」 そう微笑んでまとめた人は、足でギターのエフェクターの設定をしていた。 私は今から何が起こるのか、ドキドキして待っていた! HN達によるセッションなんてあり得るのだろうか!? やや興奮してそう思っていたら、彼が皆に笑いかけて言った。 「じゃあ皆さん!我らNET-BAND“ScrapDreams”のファーストシングル! “HappyBirthDay!”気合入れて行きましょうかぁ〜!!」 「ボーカル頑張れよ〜うぷぷぷ」 ドラムの人がズダダダ!ヂャーン!!とドラムを叩いた後、 彼に楽しそうにチャチャを入れる。 「ぐああ、ベースがボーカルなんて聞いた事ねぇぞ!」 思わず苦笑して彼が愚痴る。 でも、顔は本当に楽しそうだ。 ・・・やがて静寂が場を支配して――曲が始まった。 曲はバラードで・・・詩は恋人に贈る歌のようだ。 本当に甘い甘い詩で、聴いているこっちが恥ずかしくなってしまった。 最高!とは流石に思わなかったが、ナカナカ良いじゃない。そう思った。 なんか、ネットの世界らしく好きな勝手やってるなという気がしてこっちも楽しかった。 やがて曲が終わり、皆満足そうに微笑んでいた。 私にはその笑顔が本当に印象的で、なんだか彼らが少し羨ましくもなった。 好きな事をできるというのは、本当に大切な事なんだと・・・ 私は彼らを見て、再認識させられた。 それから彼らは雑談を少し交し合って、それぞれの世界に帰って行った。 ■そして私の意識も、唐突に元の世界に戻ったのだった。 |