STEA 「もう帰る」 私は宣言するようにそう言った。 はっきり言って、もうあんな思いをしたくなかったのだ。 彼もそれを解ってくれたのか、それとも行く前から解っていたのか。 別段私の宣言に反論する事も引き止める事も無かった。 だけど、ゆっくりと立ち止まってこう呟いた。 「最後に行きたい所があるんだけど」 私は何も言わずに彼に任せた。 彼も黙って指を動かしていた。 その後スグに、今までの扉と違う何か特殊な扉が現れた。 「IDカードが必要なんだよ」 彼はそう言って胸ポケットから数枚のカードを取り出し、 黄金色のカードを選ぶと扉のホンの少しの隙間に差し込んだ。 差し込んだ瞬間、キュィィイイイインと何かが起動する音がしてガチャッと扉が開いた。 そこは、例えて言うならば図書館のような空間だった。 本がギッシリと本棚の中に詰め込まれていて、しかも整然と並んでいた。 私がその雰囲気に圧倒される中、彼は悠然と歩きだしていた。 やがて一箇所で立ち止まるとしゃがんだり中腰になったりして、 何やら書物を探しているようだった。 やがて一冊の書物を取り出すと、うん、と微笑んで近くにあった椅子に腰かける。 彼がその本を開くと中には小型のCDが入っていた。 それを大事そうに取り出し、そのまま自分のゴーグルの横にカシッと差し込む。 途端に視界は真っ赤に。まさに真っ赤に染まり、眼下には小さな家々、街が見えた。 ここは、何処だろう。どこかの高台? でも、周りは木に囲まれている・・・。 彼(私)が今寄りかかっているのは・・・巨大な老木・・・? すると、突然彼の耳を通して私に聞こえてきた。 BGMは物静かで何処か切ないジャズピアノ。 そして呟くように、囁くように、諭すように・・・悲しい声が詩を吟じていた。 彼はただそこに座っているだけで、何も言わなかった。 私も、全神経を視覚と聴覚に集中させ、「この世界」の「世界」に没頭していた。 ぼんやりとした既視感を抱きながら。 やがて詩は終わり、ジャズピアノも静まった時・・・ 街は薄闇の中で煌々とその灯を瞬かせていた。 彼は何も言わずに涙を流していた。 私には何も解らないからただ黙っていた。 「何でかな。この詩を聞くと必ず涙が出ちゃうんだ」 彼は独り言の様に呟いた。 「きっと貴方の主人の思い入れの深い作品なんだよ」 私も独り言の様に呟いた。 「卑怯だよな、俺達は主人の事何も解らないんだぜ」 彼は、やや自嘲的にそう笑った。 「でも、だからこそ自分の主人に幻滅しないでいられるのかもよ」 私は、半ば本気でそう言った。 「全く」 そう言って彼は笑った。 私も、つられて笑った。 その時、故障していた無線が急に直ったかのように、 私の頭の中でステアがキュウウと鳴った。 「じゃあ、私帰るね」 私はできるだけ冷たくそう言った。 「うん。次合う時、僕は画面の中だね」 彼も素っ気無くそう笑った。 「そうね。私はもうこの世界コリゴリ」 私はそう溜め息を吐いて、笑った。 「そうだ。俺の世界の暗号(URL)言ってなかったよね。 俺ノ世カイのアドれスは―――――――」 その時、突然世界がオボロゲに変わって虹色に輝きだした。 私の視点は既に彼の視界ではなくなっていた。 ぐるんぐるんぐるんと世界が回っている時、彼が何かを叫んでいるような姿が見えた。 私は薄れていく感覚、意識の中で、不意にあるサイトマスターさんの言葉を思い出した。 「ネットの世界って、一期一会なんだよね・・・ だからこそ、出会いを大切にしなきゃあ・・・」 ■確かに、その通りだったんだ |