僕の中で夕焼けと言えば、あの場所から見た真っ赤な夕焼けがある。 僕は容易にその場面を思い出す事が出来たし、 その風景は決して色褪せる事無く僕の中に残っていた。 まるで、写真の様に明確に・・・・それは僕の中に存在した。 ユキが僕にその風景を教えてくれたのは、高校入試の前日だった。 明日は入試だという事で、僕達は勉強を早々に切り上げて帰路についた。 彼女は進路を決定したあの日から、判定をBからAにしたが、 僕の判定は依然としてCだった。 僕はその事で少なからずユキに劣等感を抱いていたが、 ユキの言う言葉はいつもこうである。 「貴方は今まで努力をせずに怠けていたんだから。 そう簡単に結果がついてくる訳無いでしょう?」 そう、そして何時もユキは悪戯っぽく笑っていた。 突然ユキが道を逸れた。 僕は不思議に思い、彼女にどうしたのかと尋ねたけれど、 彼女はその問いに答えない。 ただ、僕の前を歩いていた。 こういう事は実は結構ある事だったから、 僕は然程気にしないで彼女の後について言った。 ただ、何時の間にか自分達の歩む道が山道になっていた事に、 流石に少しの不安は覚えていたけれど。 整備された山道から逸れ、ユキは道無き道を進んでいた。 歩いてどれくらい経ったのだろうか。 もう三十分程歩いていた気がする。 彼女は一体何処に行きたいのだろう。 僕はそんな事を思いつつも、何も言わずに彼女について行った。 ユキのやりたい様にやらせてやりたかったから。 そのユキの足が、ふっと止まる。 「ふぅ、良かった間に合った。」 そう言って彼女は僕の方を振り向いて、薄く微笑んだ。 「ここが、私の一番好きな場所。」 そこは、広場と言うにはあまりにも小さすぎる所だった。 何処にこんな木が、と思わせるような大木を中心に、 綺麗な花があちらこちらに咲き誇っていた。 その大木はこの山の主かの様な大きさで、 その両手をめいっぱい広げて僕らを包んでいた。 もしかしたら昔ここは公園だったのかもしれない。 小さな広場の真ん中に、その大木が眠る様にして立っていて、 その放射円周上に花々が咲き誇っていたから。 黄、青、赤、そして緑、緑、緑。 僕は大木に寄りかかり、その小さな野原の上に座りこむ。 そしてユキの方を向いて感心して言った。 「凄いねぇ・・・・こんな所があったんだなぁ。」 ユキは、こくん、と嬉しそうに肯いて、 しかし指を前に差し出して言った。 「でも、それだけじゃないんだよ・・・・ほら。」 彼女の指先には・・・・真っ赤な夕陽が落ちていた。 形容すべき語が、真紅、としか思えない様なその夕陽は、 向こう側の山に後少しで隠れる所だった。 その夕陽の周りは青と赤に入り混じり、赤紫色に染められ、 オーロラの様に優美に、そのグラデーションは映えていた。 だが、風景はそれだけで留まらなかった。 僕達の眼下には、夕陽に染められ、 黄金色に輝く街並みが広がっていたのだ。 そこは、僕らの住む街であったのだが、何か、 まるで異世界の街の様に見えた。 それは、赤と金に染められた街並みが、背後の赤紫に燃える山並みと 一緒になり、神々の黄昏と形容しても決して誇張ではない映像だった。 僕は、言葉を失い、大木の一部となってそこに居た。 胸の奥から、身体を震わせる感動が押し寄せた。 ユキは、この街が嫌いだと言った。 嫌いになる度に、もしかしたらここに来ていたのかもしれない。 山の中に太陽が沈むまでの、数分しか持たないこの映像は、 とても短命だけれど・・・・人の心を奪う何かがあった。 そんな風にして呆然としている僕の横にユキは座り、 僕の肩にその小さな頭をのせてこう呟いた。 「ねぇ・・・・私の事は別に忘れて良いけど、この場所の事は忘れないでね。」 言っている意味が理解できなかったが・・・・ ・・・・受験した結果、離れ離れになるかもしれない事を危惧して、 そう言っているのだろうとその時の僕は思った。 だから、僕がした事は彼女の肩を優しく抱いてやる事だけだった。 彼女は僕の胸の中に顔をうずめ、小刻みに震えていた。 僕にしがみつくその手が、何故かとても強かった。 言葉には出さないけれど、受験で色々まいっているんだろうな、 と何処までも愚かしい僕はそう解釈した。 僕は彼女の身体をギュッと強く抱きしめた。 「ねぇ・・・・もっと強く抱きしめて。」 ユキがそう言った。 僕はより強く、でも優しく彼女の身体を抱きしめた。 「こう?」 「うん・・・・生きている感じがする・・・・。」 「そか・・・・。」 「うん・・・・。」 そして彼女は僕の腕に強くしがみついた。 僕はそれらの行為の本当の意味を、その1ヶ月後に知る事になる。 (←前の章へ) (次の章へ→) |