一人ぽっち

 僕の中で夕焼けと言えば、あの場所から見た真っ赤な夕焼けがある。
 僕は容易にその場面を思い出す事が出来たし、
 その風景は決して色褪せる事無く僕の中に残っていた。
 まるで、写真の様に明確に・・・・それは僕の中に存在した。
 ユキが僕にその風景を教えてくれたのは、高校入試の前日だった。
 
 明日は入試だという事で、僕達は勉強を早々に切り上げて帰路についた。
 彼女は進路を決定したあの日から、判定をBからAにしたが、
 僕の判定は依然としてCだった。
 僕はその事で少なからずユキに劣等感を抱いていたが、
 ユキの言う言葉はいつもこうである。
 
「貴方は今まで努力をせずに怠けていたんだから。
 そう簡単に結果がついてくる訳無いでしょう?」
 
 そう、そして何時もユキは悪戯っぽく笑っていた。
 
十三章 〜大木と夕焼け〜

 何時もの様に僕達がユキの家に向かう道を歩いていると、
 突然ユキが道を逸れた。
 僕は不思議に思い、彼女にどうしたのかと尋ねたけれど、
 彼女はその問いに答えない。
 ただ、僕の前を歩いていた。
 こういう事は実は結構ある事だったから、
 僕は然程気にしないで彼女の後について言った。
 ただ、何時の間にか自分達の歩む道が山道になっていた事に、
 流石に少しの不安は覚えていたけれど。
 
 整備された山道から逸れ、ユキは道無き道を進んでいた。
 歩いてどれくらい経ったのだろうか。
 もう三十分程歩いていた気がする。
 彼女は一体何処に行きたいのだろう。
 僕はそんな事を思いつつも、何も言わずに彼女について行った。
 ユキのやりたい様にやらせてやりたかったから。
 そのユキの足が、ふっと止まる。
 
「ふぅ、良かった間に合った。」
 
 そう言って彼女は僕の方を振り向いて、薄く微笑んだ。
 
「ここが、私の一番好きな場所。」
 
 そこは、広場と言うにはあまりにも小さすぎる所だった。
 何処にこんな木が、と思わせるような大木を中心に、
 綺麗な花があちらこちらに咲き誇っていた。
 その大木はこの山の主かの様な大きさで、
 その両手をめいっぱい広げて僕らを包んでいた。
 もしかしたら昔ここは公園だったのかもしれない。
 小さな広場の真ん中に、その大木が眠る様にして立っていて、
 その放射円周上に花々が咲き誇っていたから。
 黄、青、赤、そして緑、緑、緑。
 僕は大木に寄りかかり、その小さな野原の上に座りこむ。
 そしてユキの方を向いて感心して言った。
 
「凄いねぇ・・・・こんな所があったんだなぁ。」
 
 ユキは、こくん、と嬉しそうに肯いて、
 しかし指を前に差し出して言った。
 
「でも、それだけじゃないんだよ・・・・ほら。」
 
 彼女の指先には・・・・真っ赤な夕陽が落ちていた。
 形容すべき語が、真紅、としか思えない様なその夕陽は、
 向こう側の山に後少しで隠れる所だった。
 その夕陽の周りは青と赤に入り混じり、赤紫色に染められ、
 オーロラの様に優美に、そのグラデーションは映えていた。
 だが、風景はそれだけで留まらなかった。
 僕達の眼下には、夕陽に染められ、
 黄金色に輝く街並みが広がっていたのだ。
 そこは、僕らの住む街であったのだが、何か、
  まるで異世界の街の様に見えた。
 それは、赤と金に染められた街並みが、背後の赤紫に燃える山並みと
 一緒になり、神々の黄昏と形容しても決して誇張ではない映像だった。
 僕は、言葉を失い、大木の一部となってそこに居た。
 胸の奥から、身体を震わせる感動が押し寄せた。
 ユキは、この街が嫌いだと言った。
 嫌いになる度に、もしかしたらここに来ていたのかもしれない。
 山の中に太陽が沈むまでの、数分しか持たないこの映像は、
 とても短命だけれど・・・・人の心を奪う何かがあった。
 
 そんな風にして呆然としている僕の横にユキは座り、
 僕の肩にその小さな頭をのせてこう呟いた。
 
「ねぇ・・・・私の事は別に忘れて良いけど、この場所の事は忘れないでね。」
 
 言っている意味が理解できなかったが・・・・
 ・・・・受験した結果、離れ離れになるかもしれない事を危惧して、
 そう言っているのだろうとその時の僕は思った。
 だから、僕がした事は彼女の肩を優しく抱いてやる事だけだった。
 彼女は僕の胸の中に顔をうずめ、小刻みに震えていた。
 僕にしがみつくその手が、何故かとても強かった。
 言葉には出さないけれど、受験で色々まいっているんだろうな、
 と何処までも愚かしい僕はそう解釈した。
 僕は彼女の身体をギュッと強く抱きしめた。
 
「ねぇ・・・・もっと強く抱きしめて。」
 
 ユキがそう言った。
 僕はより強く、でも優しく彼女の身体を抱きしめた。
 
「こう?」
 
「うん・・・・生きている感じがする・・・・。」
 
「そか・・・・。」
 
「うん・・・・。」
 
 そして彼女は僕の腕に強くしがみついた。
 
 
 僕はそれらの行為の本当の意味を、その1ヶ月後に知る事になる。
 
 
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