雪の帰り道


 また、雪が降っています...。静かに神聖な天使の羽がこの地平に降り積もっています。この間の大雪の時は大変でした。会社の駐車場から車が出られなくなってしまい、泣く泣く歩いて帰るはめになりまして...。たった15〜20分の道のりに2時間もかかってしまいました。肉体的にはきつかったけれど、ほんの少しの素敵と出会うことが出来ましたよ。人通りもほとんどなく、車もあまり通らない道路は、まるで貸し切りのようで、なんか得した気分...。足取りも軽く、順調な道のりを、車の通った後の轍に沿って歩きました。恥ずかしいくらいに目立つ黄色い傘に積もる雪を頻繁に振り落としながら、童心帰りも楽しみながら...。軍手のままでポケットのタバコを探ってみました。結構ヘビースモーカーの僕はいつもは未開封の一箱を外套のポケットに忍ばせているんですが、こんな時に限って切らせていて...。残ったたった2本の落胆を握りしめ、希望と読み直してみたりしながら、ライターに火をつけると...、安物のジッポのライターはオイル切れです。「ちぇっ、ツイテねえ。」なんて舌打ちしてもはじまらないので、軍手をとって、掌で暖めました。弱々しく揺らめく炎でも残り物の希望に火がつきました。すぐに重くなってしまう黄色い傘を少し恨めしく思いながら、まだ十分の一も進んでいない道のりを思い、ため息と一緒にタバコの煙を吐きます。しかし歩き始めなければなりません。なにか「世界を救うため」の様な使命感と孤独と悲壮を背中に、また歩き始めました。それにしてもあとどれくらい歩けば希望の買える自販機に辿りつけるのか。新しい希望を買えたとしても、ライターがこれじゃ火がつけられないかも知れない...。どうやら弱気と情けなさも、どこかからついてきてしまったようです。それでも歩きます。ヤケも混じって外見には元気そうです。まだまだ歩いていきます。すると頭にと閃くものが...。そうだ!ベストのポッケに100円ライターを入れていたことに気が付きました。軍手で外套の上から探りを入れると、果たして奴はそこに居たのでした。こんなほんの些細で元気になってしまう不思議!程なくお目当ての自販機にも巡り会えました。気をよくしていると周りの景色も違ってみえるものですね。世界をほとんどの白と残りの黒のモノトーンにかえてしまう雪には不思議と神秘が隠れているようです。夕方のほの暗さも神聖な白の中にかすれてしまいます。家々の屋根は皆、白い入母屋造りに変身して、まるでおとぎの世界のようです。生きることの雑踏も白夜の静寂にすりかえられて...。そこらの子供が嬉しくて庭にでています。「ねえ、かあさん、××だよ・・・」なんて、窓から顔を出している母親に話しかけているのが見えました。でも彼にはそれ以上の冒険は許されなかったみたいです。危ないし風邪ひくと困るしね。滑って転んでしまう危険と引き替えに僕はこの冒険を楽しむ自由を手に入れているんです。怖いなと思いながらハンドルを握っている人にも、寒いなと家に引きこもっている人にも見えない素敵を感じるこの自由...。橋の上から見た雪景色の川と河原の高貴な美しさとか、根性でバイクを運転していた郵便配達のオジサンが不意に挨拶してきたこととか、道の真ん中に転がった外れてしまったゴムチェーンを端にどかしながら、この持ち主がどうやって目的地にたどり着いたのか考える可笑しさとか、あまりにも小さく弱い自分を噛みしめたこととか...。なんか楽しかったよ。

その人の悲しみは 涙として流れてしまうのを拒み白い雪となり 

心の地平に降り積もるシンシンと静かに 帰り道を隠してシンシンと密かに

色のない世界の中それでも春は来るんだねうん たぶんいつかね...

それでも春は来るんだよね...光の春は、春はもう はじまってるよ

気が付けば雪は止んでいました。

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