最後の夢


 会えなくなってもう久しいある日のこと、その人は
突然夢にあらわれた。その人の夢を見るのは、多分
初めてだったと思う。そして...多分最後になるだろう。

 僕は何か机に向かい急ぎの書類を書いていた。
すると背中に気配が...。それは間違いなく君のものだ。
小さな声がしたのか、君の甘い香りのせいか、
甘えるような指先の感覚だけが微かに背中を走る。
「やめなよ、今は忙しいんだから。」
うれしいくせに格好つけて、
うれしいくせにへそ曲がりで。
どうやら夢の中でさえも愛情表現は下手くそみたいだ。

  -  -  -  -  -  -  -  -
 それでも僕は充分に「至福の時」を堪能していた。
  -  -  -  -  -  -  -  -
 
 昼寝の夢は、不意に途切れる運命にある。
でも電話のベルに断ち切られた幸福は、しばらく僕の中に
居座ったまま。大した用事でもないのに電話してきた悪友に
怒りもせず、その幸せを分けてあげたいくらいの「...らしくない」
聖者の寛大さを持った僕。
「今ね、すっげー気持ちいい夢、見てたんだよ。」
「あのね...。でもナイショ。ふふっ。」
「はっ?.......。」

 夢は願望を充足させるモノ、と聞いたことがある。
さて、この男の願望は...、つぶらな瞳を見つめる自由ではなく
柔らかな唇でもなく、ましてやその甘い乳房でもなかった。
......。あんなにも求めて止まなかったもの。
そんなにも小さな...、あまりにも控えめな...。
「ふんっ」
...もれてしまった吐息に、自分でも呆れた。
 愛し合う恋人達は互いのことを夢になんかみない。 (...と思う。 )
痛々しい片恋の最中だって、その人は出てきてなんかくれない。
取るに足らないモノ、どうでもいいモノ、そして今まさに
忘れさられんとするモノ。
そんなモノ達が一陣の風と共に去っていく。最後のお別れを告げて。
泣きそうな笑顔に見えたのは、きっと気のせいだろう。
今、ゆっくり席を立ったんだね、僕の心の指定席から。

 好きになった人のことを、男は一生忘れないんだって。
その部屋の壁の上の方には、くだらない表彰状と幾つかの肖像画。
歴代の僕のハートブレーカー達。
一番右側に新しいポートレイトが飾られた。
 そして少し、僕は変わろうとしている。
いいモノはいいと、素敵なモノは素敵だと、好きなモノは好きだと...。
口に出してしまおう。後のことはまた考えればいい。
な〜んてね。うふっ。

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