真夜中の電話

 それは午前2時は回っていた頃だろうか。その日最後のとなる電話を
取ると不機嫌そうな女は言った。
「男なんて信じられない!」
いきなり何だろう。イタズラか、冷やかしか。しかし微かな希望の糸を
切れないように、注意深くたぐり寄せるように、静かに言ってみた。
「何?どうしたんだい?」
「だから、男なんて信じられないって言ったの!」
真夜中過ぎのシンデレラは、どうやらかなりご機嫌斜めのようだった。
しかしだ。そのぶっけらぼうな物言いは、私のみならず世の男ども全て
に向けられた挑戦状と取れた。真夜中にこの箱のような部屋で、電話を
待っていた哀れな男は、彼女にとっては信じられない「男」の代表なの
だろうか。こんな代表はあまり光栄ではないし、その資質が有るとも思
えないが、全ての男が信じるに足らない、と思われるのもシャクだ。そ
の汚名だけは返上しなければ...。分不相応な大役に、思わず椅子に座り
直す私だった。

 手負いの野良猫、それもまだ子猫だ。ビッコを引いたその足を、彼女
はひたすら隠そうとしていた。しかし悲しいかな手に取るようにわかっ
てしまう。はやく手当しないと...。でも、下手に手を出せば、引っ掻か
れるだけで、かえって傷口を広げてしまいかねない。ここはおとなしく
聞き役にまわることにした。

 途切れ途切れでバラバラに飛んでいる彼女の話はやや分かりずらかっ
た。しかし、ゆっくり頭の中で再構築していくとぼんやりと彼女の「人
となり」が浮かびあがってきた。
 もうじき18になる17才、母一人、子は一人だったか...少なくとも
長女。母は飲み屋のような「店」をやっていて、時々手伝うこともある
らしい。高校は、はじめからいっていない。母の仕事の事は誇りにこそ
思っても恥じることは全然ないと強く言いきる。自分も将来、なんかお
店がやりたいと...。同じ歳位で、のんきに学校に行ってる奴らになん
か...。そんな言葉の端々に彼女の小さなコンプレックスが感じ取れる。
17才にしてはしっかりしている。いや、し過ぎている...。
 彼女には、2才年上の彼氏がいた。彼女の言葉を借りれば“人もうら
やむ”二人だった。誰が見ても二人は結婚するだろうと思われる仲。だ
がその「彼氏さん」と彼女の「母」は折り合いが悪かった。結果...二人
は別れる。とっ、そこまではよくある話。
 ところがその彼氏、ちょっと...だった。別れて間もないある時、彼女
を呼びだした。嫌いで別れた訳ではない彼女は...。そして...。
「だってさ、好きなら、抱かれたいって思うじゃない?」
彼女はその元彼に「母」と和解して、もう一度ちゃんと付き合って欲し
いと懇願するが彼は「好きだ」とは言っても「また付き合おう」とは言
わず逃げ回るばかり...。彼を批判し、罵倒出来たら、どんなにか楽だっ
たろう。きっと彼女もそれなりに喜んだに違いない。だが、しかし...。
私にそんな資格があるだろうか。そして、彼の醜い様は、突き詰めれば
卑怯な男ってやつの本質を露呈しただけではないだろうか。

「19才だよね、彼は...。その位の歳の男って、どんなにカッコつけて
ても、半分はただの動物なんだよね...。彼の行動はほめられたものじゃ
無いけど...、君が気持ちをしっかり持って、せめてこれからは...」
どうみても分が悪い。今の彼女にそんなこと言って何の意味があるだろ
うか。仮に頭で理解したところで普通の17才の彼女の心はそんなこと
受け入れる筈もない。
「だから男なんて信じられないのよ!」
話はふりだしに戻ってしまった。
「だから私、×ンサロで働くの。」
「...???...」
「そして、大嫌いで信じられない男達だまして通わせて、沢山お金巻き
上げてやるの。知り合いがいて関西にある×ンサロ知ってて。今頼んで
るとこ。」
「・・・・・・。」
それにしても突飛な発想だ。嫌いではない客商売、手軽に稼げる風俗業。
金を貯めたら店でも出すのか。
「でもさ、君って常連のお客さんに惚れちゃうタイプだよね...。」
「そうかもね。ウフフッ。」
初めて彼女は笑った。でも今のこの子には無理だ。ただでさえ、心がさ
さくれ立っているのに...。まだ気になって、少し探りをいれてみた。仕
事は、今の仕事は聞いたっけ?プーなの?違う。昼のバイトか、でもこ
んな時間に起きてちゃ...。へーさぼり気味なのね。まあそういうことも
あるよね。...だんだん判ってきた...。聞かなかった訳じゃなくて、言わ
なかったんだ。
「ムシャクシャして夜はあまり眠れない。朝起きられないからバイトは
パスする。親の目も気になるし、部屋にこもりがちになり、フテ寝する。
そしてまた夜眠れない。イライラしてこんな所に電話してストレス解消
って訳かい?」
「・・・。」
「男は大嫌いだけど...、そんな自分もイヤなんだね。許せないんだ。」
「・・・ウン。」
だんだんシドロモドロになっていく彼女の答え。鼻水をすすり上げる音
が混じって、なおさら聞き取りづらくなる。
「それで関西の×ンサロなんて、突拍子もない現実逃避思いつくんだね。
でもね、君はもう17だけど、まだ17なんだよ。世間ではその歳で脳
天気に遊んでいる奴なんて沢山いるし、そんなに無理することもない。
ガンバらなくてもいいだよ。」
とうとう返事はなくなり、彼女は泣き出してしまった。
「ダメな自分が嫌いなんだね。いつでもガンバってきたもんね。でもね、
たまには、へこたれたって、泣いたっていいじゃない。そんな自分を許
せなくてもいい。せめてそんな弱い自分がいるってことだけ、認めてあ
げなよ。そうすりゃ、少しは楽になれるかもよ。」
「・・・私・・・こんなところで・・・こんなこと・・・いわれるなん
て・・・私・・・。」
少しだけココロが繋がった気がした。会ったこともないこの子が、なに
か、とてもイトオシク感じられた。鼻水の音だけの静かな時間...。ひと
しきり泣いて気が済んだのか鼻声のまま何か言おうとしている。でも言
葉にはなっていない。泣き笑いの声。君の伝えたいことはよくわかるさ。

 さあ、もうそろそろ潮時だ。今更君に、×××とか×××とかとても
言えそうにない。君の前では、いい人モードの仮面は取らずにいてあげ
よう。
「...じゃ、そろそろ...。」
「えっ...あっ...う、ウン」
「えっ、何かまだ?」
「ううん...、何も...、じゃあ。」
「じゃ........、ちょっと待って。」
愚かにも携帯番号投げたりして。締まらない男!

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・一度だけ卑怯な手、使っていいかい?

おやすみBABYって情けない題名の曲、作ったんだ。曲が出来て詞を後
でつけたんだけど。子守歌にでもしようかなって思いながら詞を考えた。
別に意識した訳でもないけれど、この子のことも、かなりはいってるって
思う。ただそれだけ。フフっ。