蒼い朝

 二度寝の目覚め。それでもまだ時間は五時半。山に囲まれたこの土地では、夜明けは世界より少し遅く来る。快便中のインスタントコーヒー。朝の散歩係のオヤジ殿は、お疲れモードでまだ起きてこない。ひとときの解放を求めて彼が抗議の情けない泣き言を、さっきからつぶやいている。まあちょっと待っててよ...。完全防備の厚着をして、僕は蒼い朝に対面する。早寝早起きがすっかり染みついてしまった。仕事のせいだが悪くはない。休みでもそのリズムは変えられるもんじゃない。喜ぶ彼の前足で服に泥など付けられないように、素早いフェイントで空いたスペースに飛び込む。散歩用のロープをつかめば、彼は直ぐに大人しくなる。喜びに震えながらも、首輪にフックがかけやすいようにと、いじらしい努力をする悲しき飼い犬。はやる彼、なだめる僕。見上げる蒼い朝。明けの明星とカミソリの月が同居した不思議な空。
 夜明け前の蒼白い光は脳味噌にいいらしい。おもいっきりテレビでやっていたよ。どうってことないけど、やっぱり気分はいい。バカ犬に引っ張られていると、いろいろな発見に出くわす。木の葉を踏む音。背中に照れがある早起きの散歩のおじさん。中年のジョギング夫婦が並んで走り去る。結構なスピード。それを少しの驚きで見送った。僕には関わりない別世界...。取るに足らない、とても健康で不健全にさえ思える生活。犬の散歩はお断りな小学校。そんな理不尽なルールは破られるためにある。電話ボックスの中の小さくて魅力的な張り紙。エロもゲロもテロもそこにある。仮想空間であっても、実社会であってもね。顔の見えない平凡なんてどこにも見あたらない。ただ関心がないだけなんだ。それぞれの精一杯の日常も、もうじき目覚めるんだろう...。でも蒼き朝の幸せはあまり知られていないんだよな〜。こんな小さな幸せ、誰かに教えてあげたいのに。家に着く頃には明星は消え、月がかろうじて空に張り付いていた。秋はもうじき終わりを告げる。誰にも気付かれぬよう、ひっそりと静かに。

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