最終楽章

 それぞれが用意した設計図や譜面やイメージをその手に握りしめて、僕らは最終楽章のステージに立っている。第一楽章の小さなミスで第二楽章までメタメタになってしまった。巻き返しの第三楽章も不完全燃焼のまま、今最終楽章を迎えている。脚本も演出も演じるのも自分一人。作曲も指揮も演奏も自分一人。孤独な戦いの火蓋は切られたんだ。ステージと客席の境目はなく、それぞれは独立してるように見えて実は緩やかに繋がっているこの世の中。他人の演じ方や出す音を少し気にしながら次のセリフや音を探している。用意したものなんて少しも役に立たない。強く握りしめた手の汗で、譜面はもう誰にもわからない暗号になってしまっている。暗号を解く鍵を探している暇はもうない。やり直しの出来ないブッツケ本番の緊張と恍惚。その場しのぎのアドリブで場面場面を切り抜けるしかない。誰が取り返しのつかないミスを犯そうが実は大した問題ではない。大きな混沌の中の取るに足らない一部分、けれど重要なファクターでもある。決め事のない即興劇の一部分に過ぎない。ミストーンも不協和音もノイズも、また一つの音楽。どうしょうもない真実の投影。呼吸を止めた肉片さえもステージの背景や小道具として残り続ける。
 短くあっさりした終わり方も壮大なシンフォニーのフォルテシモのエンディングも、なんでもアリだ。誰もが持っていたイメージに近い幕引きを探してる。その通りになるかどうかはやってみなければわからないけどね。とにかく最終楽章は始まってしまったんだ。

 最後なんだから一番得意な演じ方や奏で方がいいね。一番自分らしい一番自然なやり方。自分らしいがわからなくてセリフに詰まったっていいんだ。沈黙には素敵な音楽が潜んでいるんだから。
 終わり方のわからない混沌の最終楽章は、でもさっき始まったばかり...なんだ。ここはまだ“最後の始まり”なんだよね。

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