ゲオさんの中学校数学教育シリーズ 対話編
 
  1. 「子供・家庭・教育」(1987年)
            「子供・家庭・教育」開始にあたって
            「父母への通信(その1)
            「父母への通信(その2)
  2. 「表現する子供たち」(1986年)
            「これからの授業をどう進めるか(その1)
            「これからの授業をどう進めるか(その2)

 
父母への通信  子供・家庭・教育 第二篇
 「子供・家庭・教育」 開始にあたって
 このシリーズでは、「主に子供と家庭を問題にする。塾を中心にして中学二年までの中学生を分類すると、次の三つのタイプに分けられる。第一はすでに高校受験を意識し、受験を前提にした子供である。第二は遊びたい盛りで、塾には行きたくないが(だからこのタイプの子供は熟を遊び場にする)、親の強要に逆らえない子供だ。第三に親の意志に従順なのか、塾に来るのが苦痛なのかも定かならず、意志が育っていない子供である。この中で、第二が一番多いが、第三の子供が増大している。ともかくも、このような子供を教えるのだ。
 さて、第二の子供、第三の子供は塾に来ても、親が考えるようには、成績が上がらぬ。親にとってはどぶに金を捨てている気持ちに襲われる。塾にとってみれば、このタイプの生徒は塾の経営基盤に重要な意味を持っている。親は成績の向上を願い、塾は成績を上げようとやっきになる。そして、当の本人はいわゆる勉強から逃げようとする。親は、子供に勉強しろと口うるさく語り、塾に何とかならないかと不信を抱く。

 私は馬鹿馬鹿しくて仕方がないのだ。ちょっと考えれば、この構図の中に、子供の成績が向上する要素は何もないことなど、分かろうというものだ。親の押しつけがましい不安顔が子供の心に何をあたえるのか、どうやってその程度のことさえ現在の親は気づかぬまま、中学生の子供を育てているのだ。親の無感覚というべきか、それとも経験不足というべきか、親の幼稚さが子供の幼稚さの背後に広がっている。
 子が乳離れしていないとよくいわれるが、子離れしていない親の何と多いことか。子供を過剰に抱きこんでいるのだ。それでどうして学習意欲が育つか。悪さも、悪戯も、ともかく自分で行い、時には成功し、ある時は失敗することを通して学習意欲は育つのだ。
 このような中で育った子供を教えるのだ。親は自立した子供を教えるような訳にはいかないのだ。
 本シリーズを開始するのは、そのためである。
 
                           
 
「父母への通信」(その1) 中一の父母のみなさんへ 1987・6・1 小野田
 中一Bクラスの数学を担当している小野田ですが、このたび数学の教材を作成し(まだ途中ですが)、生徒に配布致しました。そのことにつき、父母のみなさんにご協力を仰ぎたいと思い、私の考えと狙いについて父母のみなさんにご報告致したいと考えた次第です。
 私は現在、多摩センター教室の他、府中教室、八王子教室において、中三の数学を中心に教えております。その中で、私が強く感じたことについて、まず触れておきたいと思います。
 
 何よりも私が驚くのは、成績の善し悪しに関係なく、先生が解きかたを教え、それに従って、生徒が問題を解くということが、最早当たり前になってしまったことです。
 私は、生徒に常にいってきました。「君は、自分の頭脳を信用するのか。それとも、先生の説明に身を預けるのか。なぜ、もっと自分をぶつけ、自分を信用しないのか。」と。また、「結局、君たちは、大人に食べやすいように料理してもらったものを口をあんぐり開けて待っているんじゃないか。どんなに不細工でもよい、どんなに稚拙でもよい、なぜ、自分の力で問題をねじ伏せようとしないのか」私が子供達をみていて、もっとも危機感を抱くのは、問題(数学の問題という意味ではなくして、様々にふりかかる人生上の問題)を自力で解決する経験の欠如ということです。
 
 このようなひ弱さが、数学にもろに反映しています。おそらく、今の中学生ほど数学に時間をかけながら、数学の実力のひ弱さもまたとない時代はかってなかったでしょう。知力の問題、頭の善し悪しの問題ではないのです。
 
 
 そこで、今度は数学の内部に入って子供達を見てみましょう。いわば昔の「読み、書き、そろばんの路代」においては、いわゆる算術と中学からの数学とは、明瞭に区別されていました。生活に必要な最低限度の知識と学問に向かう一歩としての中学の数学との間に歴然とした差があったのです。もちろん、戦前での話です。
 戦後、中学まで義務教育になり、中学における数学と算術との違いが徐々にあいまいになっていきました。それでも、昭和三五年頃までは、教育の中で知性とか教養とが重視されていた時代であったので、教育のあり方として、数学と算数の違いが明瞭にされていなくても、先生および生徒の相互の関係の中で、「数について考える」とか「考えかた」について考えるという習慣は生きていました。
 時代は物がますます豊富になり、高度成長のなか、人間の精神に関する問題はほとんど置き去りにされ、経済の面から、実質的な高校の義務教育化の時代を迎え、大学の大衆化が進みました。それは、大学がサラリーマン社会の縮図のような時代を迎えたことをも意味します。それと同時に、貧困のなかありあわせの材料で手製の遊び道具を工夫して造る時代から、大人達の商品感覚から子供達の玩具を商品化する時代を迎えました。現在の玩具の主役は子供ではなくして、大人だといえるでしょう。こうして、化って子供自身が工夫し、想像し、創作した世界に大人の作品が入り込んでいきます。
 まさしく、子供たちにとって数学とは、大人達によってすでに造りあげられた、自分では手の触れることのできない、自分の外に存在する真理になってしまっているのです。子供たちは、その重圧に縛られ、興味のもてない数学を受験のゆえに勉強しているのが実情でしょう。最大の問題は、自分の外にある真理として、数学が存在していることにあります。
 その結果、やり方を教えられ、それに合わせて問題を解き、ミスを減少するという、頭脳を利用しない、受験の効果からいっても何とも非効率的な勉強を行う羽目に陥ります。頭脳を使うことの快感を覚える決定的な年齢において。
 
 私は、昨年、八王子教室の三年を教えていましたが、最終的に伸びる子供は、それまでろくに勉強していなくても、ともかく考えることを引きよせられていく子供です。これは疑いの余地のないほど明瞭です。
 
 私は、どうせならば、三年生というあわただしい学年ではなく、そろそろ思考することの興味と意志が育ち始める年齢(今の男の子は精神的には幼稚なので、その年齢は中学一年から二年という感じがする)から、じっくりと思考力をつけるような授業を持ちたいと考えました。もちろん、そのポイントは、数学というものが、これまでの大人がつくった外側にある真理という枠を崩し、問題の局面局面において、「自分ならどうするか、どう考えるか」という判断をしていくことです。しかも、そのことを実行するには、数学ほど易しい学問はないのです。なぜならば、数学は人間の創造した文化の中で、最も観念的な文化なので、知識など全くなくても、一人一人の人間の自由な判断が実に容易なものだからです。。
 
 しかし、それを実際に実行するには、まずそれに相応しい教材を作成しなければなりません。私は、数学というものの全体的な性質を独り独りの子供がイメージできるような教材を作成することなしには、机上の空論に終わると思い、教材作成に四月中頃から取りかかり、現在四〇頁ほど作成しました。とりあえず、それを子供たちに渡し、それを主要なテキストにしたいと考えています。もちろん、子供の実情に応じて、手直しは考えております。
 
 さて、数学の最も根本は、事物を見極める能力とそれを論理化する言語能力の二つにかかっています。ですから、数学教育の中心は、本来、論理言語能力と事物の関係の認識力の向上に向けられるべきでしょう。ただ、日本人の指向性は、このようなことには不向きなため、このような教育を実行することができなかったといえるでしょう。
 私の作成した教材は、できるかぎりことばをもちいて数学に用いられる様々の観念を、子供の独り独りが自分でも判断できるように、論理的に整理することに重点を置いています。ただ、私の個人的な性癖も手伝って、中学一年生の言語能力からみて、かなり難解であることは事実です。子供扱いをして噛み砕いた説明をするということは、独り独りの精神の発展段階に応じたケースバイケースの問題なのであって、基本の態度としては、できるかぎり精神の自立性を促すべきだと考えているからです。私としては、中学の二年の終わりまでには、子供たちが本当の実力をつけられることを目指しております。
 そこでですが、父母のみなさんにも私の作成した教材に目を通して頂き、その上で、できることならば「おい、お前、先生のここで書いていること、理解できるかい」ぐらいの挑発を行っていただけたらと考える次第です。
 今の子は、特に男の子に顕著に顕われているのだけれども、悔しさや屈辱感が大変希薄です恵まれているがゆえの不幸とでもいうべき世界に生きているのでしょうか。数学の内容に関してはもちろん私の責任ですから全力で子供にぶつかりますが、日常でのちょっとした刺激、挑発というのは、子供の内発力を高める上で重要ですから、「パーン」と軽く弾きかえすような方法でも、もっと悔しがらせるような方法でも、あるいは冷やかすような方法でも、それはどのような方法でも良いと思いますが、けっして心配顔ではなく、子供との距離をとったところで、ちょっかいをかけていただくとありがたいと思っております。子供の精神の振幅が大きくなることが、思考する意欲を高めることにつながるからです。
 
 これは私事ですが、私も二児の親であり、長女は現在中二です。これまで私は自分の子供をほとんど突きはなして観察してきており、その経験から学んだものが多々あることを付け加えておきます。
 私からの要望を含めて宜しくお願い致します。
 
                           
 
「父母への通信」(その2)  中学一年 懇談会にあたって
 中一Bクラスの授業風景   1987・6・14 小野田
 これからの数学をどのように進めるかについて、父母のみなさんに(Bクラスのみですが)私の考えをお知らせいたしました。また、六月八日に子供たちに教材を渡し、さっそくそれにふまえて、授業を開始致しました。つきましては、その授業で感じたことを授業風景の紹介を含めて、少しお話ししておこうと思います。
 
 「どうだ。少し難しいが、本格的に勉強するか。君らはこれまで、数学は計算するものだと思ってきただろうが、数学の中で計算など一パーセントぐらいなものだ。数学の基本はことばだぞ。ことばできちんと考える力だぞ」
 「先生。それじゃ、国語ですか」
 「そうだ」
 「もし、君らが、計算中心ではなくて、ことばできちんと考えることをやっていけば、一年で高校の入試問題、三年で大学の入試問題など解けるようになるぜ。」
 「先生。本当ですか」
 「本当だ。やってみるか。それでは、問題を出そう」
 
 問 「連続する二つの自然数の最大公約数はTである。」正しいか、正しくないか。理由を述べよ。
   また、お父さん、お母さん、兄や姉の意見も聞いてくるように。
 
 「正しくないという場合は、正しくない例を一つあげれば、それで説明になるが、正しいという場合は、正しい例を幾つあげても理由にならない。全ての例をあげることができないからである。だから、正しいという理由の説明は難しいぞ。この問題を中三にやらせて、何人答えられるかな。高校生でもほとんど答えられないかな」
 平田、武塚、樺沢、中西は、すぐ「正しい」と解答する。早野、新納、鈴木(則)は、分からない。
 
 まず、平田が理由を書く。
「二つの連続する自然数は、偶数と奇数だから」と。
「偶数と奇数のという着眼はなかなか勝れているな。このことに気づいたことは、中一として合格かな。だけど、これでは不十分だな。何かが抜けているな」
「これじゃ、不十分なんだよな。分かっているんだけど、浮かんでこないんだよな」
「そうか、お前、そこまで分かっているんだな。かなり、きちんとしているぜ。お前は、頭の回転はこのクラスで一番だが、それ以上のことが心配だったが、考える力があるな。お前、伸びるぜ」
「さあ、どうかな」と一人一人のノートを覗きながら見て回る。
 まさかと思ったが、飛切りの解答が出たのである。
「おい。平田。お前、ちょっとこっちにこい。樺沢の答えを見てみろ。すごい答えだぞ。」
 平田、樺沢のノートを見る。
「どうだ。お前のよりいいだろう。どう思う」
「あ、そうか。そうだったのか」
「たいしたもんだろう」
「うん」
 
樺沢の解答
「となりあっている数同士のでは1しか数がちがわないから、2以上の最大公約数は望まれない。だから、1で正しい」
 
 樺沢の解答は、高校生でもほとんどできない解答だろう。「となりあった(連続する)自然数」を、問題の意味に対応させて「差が!」と明瞭に表現することにどれだけの高校生が気づけるか、疑わしい。さらに、「差が1」であるから、「2以上の公約数が存在しない」(これがさわりなのだが)ということに気づけるかとなると、これはもう怪しい。
 「差が1であるから、片方の自然数に2以上の公約数が存在してもその約数で もう一方の自然数を割ると自然数の範囲では割ることができない」ということで簡潔に「2より大きい約数は存在しない」と答えたもので、完全解答だといえる。
 
 私が、黒板に樺沢の解答を書き、感動を表すと、二つの異なる反応が子供たちの中から生まれる。中西、鈴木(則)、武塚は「アー。ソーカ。すごい」という反応を示す。それに対して、鈴木(康)が「先生がなぜそんなに感動するのか分からない」と発言する。「だって、先生が説明したのではなくて、君らの同級生が自分の頭で考えた解答だぜ。なんとなく、分かっているけれど、自分で表現できなかったが、樺沢は自分で表現できたのだぜ」
 鈴木が、樺沢の解答に驚きを感じてもらいたかったということは事実だが、それとは別に、私の表情に自分の感じたことをぶつけたことは、たのもしいことだ。このことは、この後の理科の授業で成果として表れた。ずばっと、自分の考えを述べることが起きたのである。
 
 「おい、平田、ちょっと悔しいか」
 「いや、別に」
 「そうか、武塚はどうか」
 「悔しい」
 「中西、どうだ」
 「自分ではどうしても見つけだせなかったのに、やはり、 悔しい」
 
 さて、そうすると、「連続する奇数の場合はどうかな」
「差が2だから、3以上の公約数は存在しない。しかも、奇数は2の約数を持たない数だから、結局1が最大公約数となる。」
「次に、連続する偶数だが、これは2よりも大きい公約数は存在しない。偶数は、2を約数にもつ数だから、最大公約数は2である。」
「このように、性質を考えていくことが数学なのであって、計算が数学なのではない。しかも、性質を考えていく力がつけば、問題をそれほどやらなくても、ぐいぐい力はついていく。そもそも、このようなことを考えていく中から、自然数の性質として、素数という数を見つけだし、それが重要な性質をもつ数だということに気づいてきたのだ。」
 鈴木(康)「先生。これからでも遅くない」
 「もちろん、遅くない」
 
 このようなやりとりを通して、数について考える力をつけさせてあげたい。そのような目標をもった数学の授業の第一歩をともかく、踏みだしたのである。大きく伸ばしたいというのが、私の願いである。
 
 
解 説
 これは、私が塾で教えて二年目のことだが、授業自体のやり方について、一年間の経験を通して、大きな変化を生んだ。 最初の年の特に前半は、意味の説明を行ない、それを巡って質問を出させ、討論と説明を行なえば、子供は理解し、実力がつく、そのような考えがあった。したがって、この頃は、今の子供が退屈を覚える教材を作成し、それを読ませようとしたのである。なお、この問題は「表現する子供たち」シリーズ第一篇、『これからの授業をどう進めるか』を参照していただくとよく分かると思う。
 ところが、授業はお通夜であった。私の作成した教材を朗読させ、疑問点を出すようにいっても出ない。そこで、子供に質問すると、全く理解していない。ともかくも、頭脳を活性化するという私の目論見は逆の結果となり、失敗したのである。疑問を質問する習慣がなかったこともあるが、もちろんそれだけでは無かった。
 こうして私は、説明を省略し、まず問題を提出し、子供の間を回ることにした。子供が何につまづくのかの発見と対話を成立させることを目的にして。これ以外に、子供が口を開き、理解の浅いところ、意味を理解していないところを、最終的に自分を点検することができるようになることは、望めそうもなかった。
 こうして、時には一対一、時にはさん人のグループ、又共通の問題にぶつかったクラスの半分の生徒、そして全員への説明、そしてある得は頭を突き合わせ、あるいは黒板を用いてと、状況に応じて様々な方法をとる授業を展開していった。つまり、一斉授業を放棄したのであった。これは、明らかに効果があった。子供が言葉をつかうようになり(頭が動き始めた証拠)、子供同士の教え合い、議論が行なわれるようになった。ここで紹介した父母向けの文章は、この経験を背後にたてたものである。
 
なお、子供に配布したテキストは、式の計算、方程式、関数の体系的教材を創る目的をもって作成したもので、順次、完成させる予定である。
 
                           

 
2 「表現する子供たち」第一篇
● これからの授業をどう進めるか(その1)
 序 シリーズ「表現する子供達」の開始
 新シリーズ「表現する子ども達」は、教育を考える上で重要な三つの要素(教育、子供、家庭)の中で、子供の自己表現という、子供自身の最大の問題を中心に扱う。これこそが、教育の最大の主題であり、子供が自らの手で自分を向上させる最大の武器が表現行為にほかならないから。
 私が数学を中心に教えている。ところが、塾で教えてから三ヶ月経って、今の子供達は自己表現のきっかけを失っ
ている、それが数学を学ぶ上でも最大の問題としてのしかかっているということに気付かざるをえなくなった。
 数学を学ぶ上で最も重要なことは、疑問を持つことである。その疑問を自力で解くことはまず不可能だから、当然、疑問を調べるか、あるいは質問する。そして、ほんの少数の人間が沈思黙考、一人静かにかつ激しく考える。(断っておくが、最後の方法が理想といっているのではない)。ともかく、この三つが勉強の基本になるものだ。(議論がこれに加わるが、ここでは省略する)。疑問に思ったことを質問することは、他の二つに比べ、中学生が最も容易にできる自己表現だ。まず、熟練と時間を必要としない。また、即興で行えるものである。さらに、疑問に思ったことを質問することは、その場限りであってもかまわないことだから、それほど関心がない問題があっても、気楽に行える。つまり責任の重さを伴わないでも済む。つまり、未だ自分がふらふらしている状態であっても、簡単に行える自己表現である。それは自己表現の出発点である。ましてや数学である。数学家をめざす子供が受験数学を習いに塾に来るはずがない。そうであれば、手取り早く疑問をぶつける、これが最も効率的な勉強方法である。こんな自明な事柄が、完全に消え去っている。
 
 驚くことに、私語のざわめきはあるが、授業内容に関してはまるでお通夜のごときだ。考えているのではない。納得せず、憮然とする様子も見せない。これでは、何時間数学を勉強しようが、実力がつく訳がない。これが私が見た中学三年生である。中学において、自己主張、自己表現が、少なくとも五教科に関して消えてしまったのだ。こうなると、子供の感受性をそれぞれの個性に応じて表現することを通して、教育の可能性を模索しないと出口はない。数学の枠の中で考えていても限界が目に見えている。そのように考え、私は意を決して夏期合宿において国語を担当し、批評文を書かせたのである。実権精神が九割というところか。これが私が塾で教えて七ヵ月経ってのことだが、このときの子供の作品(統一テーマ)が、私の解説を含めて『惟』(注 1986年版)に結実している。私は、一年の中断の後、1988年の夏、同じ試みを行った。このシリーズは、主にこの時の子供の作品とその解説を行い、子供達の精神世界をつかんでもらうためのものだ。
 さて、一昨年、私はそれを決断するに至るには当然にも伏線がある。子供と私とのそれまでのやりとりの中から、私が考え、飛躍を賭けた博打であった。そこで、子供の作品を取り上げる前に、それに至る子供と私との重要なやりとりを紹介する。
 
何をどうするか      1986・4・26  小野田
 これからの授業をどのように展開していくか、また、独り独りに対してどのような指導が適切なのか、そのことの判断材料にするためのものなので、よく考えた上で、自分の感じていること、および自分の考えを書いていただきたい。これは重要な参考資料であることを念頭に入れて、書いてくれるように。
 
一 動機及び目的
 この二月、実質的には一月半、君たちに数学を教えてきて、ぼくの中には、かなりの動揺があり、やりきれなさもあり、そして自分に対してか君たちに対してなのか定かならぬところがあるが、何とも言えぬもどかしさもある。そして、ときには投げ遣りになりたくなる気持も出てくる。自分のなかに危険な兆候が現れているという危機感を感じないわけにはいかぬ。
 ぼくは惰性で生きるという生きかたを最も嫌うので、どうもぼく自身の正念場にさしかかっているな、四月二十日頃からそのように感じはじめ、何らかの手を高じなければいけないとあせり、考えた結果、考えついたのがこれである。
 ぼくの中の動揺、もどかしさというのは、どうやら次の事に原因があるような気がする。ぼくは、かなり露骨に、ぼくの考えや、感じ方を君たちにさらけ出してきた。ところが、君らが真実求めているもの、ぼくの授業を通して何をつかもうとしているのか、残念ながら、ぼくのこころにピーンと響いてこない。ぼくが鈍いからなのか。一度はそう考えもする。
しかし、ぼくにはそのようには思えないのである。だれも、ぼくに向かって、自分が本当に求めているものを意思表示したり、ぶつけたり、文句をいってくれないじゃないか。それは残酷だよ。
 
 とことん、君らの力量を高めたいという情熱と意欲とそれなりの自信とそして自負があるからこそ教壇に立っている。だが、君らに接して、しばらくすると情熱も意欲もカラ回りしてしまう。いや、そういう予感をしただけで、もうやり切れない気持ちに襲われてしまうのだ。
 「砂を噛む思い」ということばがあるが、自分のこころが、スの入った大根のようにサクサクに蝕まれていくような想いなのだ。「俺は、一体、何物なんだ」と吠え、慟哭に臥したい気持ちに襲われてしまう。ぼくは我儘なのだろうか。たしかに、そのような面があることをぼく自身知ってはいる。人間に大いなる夢を抱きうることが、ぼくのこころの支えであり、糧であるあるが、たしかにそんなことは他人のあずかり知らぬことだからだ。余計な御世話で片付けられても仕方ないものだ。ぼくもそのことは十分に心得ているつもりだ。
 所詮、夢などというものは、それがこころに大きく棲みついていても、実現などしはせぬ。無いものねだりは世の常。
その心掛けは忘れはしないし、そのことに絶えられる修行もつんだ。それなりの芸こころを身につけもした。
 だから、今ぼくが語ったことは、ぼくのこころの事実ではあるが、「小野田先生のくどくどしい前口上がまたはじまったぜ」と冷やかすのも結構。実際、何ともくどくどしい前口上ではないか。
 
 これから十月間、週二時間、内容の濃いものにし、君たちが自分自身の中に充実感を感じ、力量を実感できるような授業をしたいというのが,掛値なしのぼくの気持ちなのだ。そのために、君ら独り独りが何を求め、何を望んでいるのかを、ぼくは知りたいのだ。それを君らがぼくに対して意思伝達してくれるためには、ぼくの方も裸になり、手の内を見せなければなるまい、そう思ってくどくどしい前口上を述べてのである。
 以下、ぼくの方から問題を提出するので、考えてくれ。もちろん、質問以外事について、どんなことでも書いてくれ。
 
二 基本態度に関するもの
 ぼくは、もともと(小学校の低学年の時から)、他人から強制されることが大嫌いであった。。だからであろう。他人に強制することも嫌いだ。宝の強制によってではなく、自分のこころ、自分の意志をこそ何よりも大切にし、あくまでッ自分の責任においてやりとげる(善といわれることであれ、悪といわれることであれ)という一事こそが、生きかたの根幹にすえなければならないと考えてきた。考えの深みは当然違うが、この考えは中学のときも、四十七歳の今もそう変わらぬ。
 このような私の考えは、当然、君らを教える態度に、また内容に反映する。くどい話はもう止めにして、簡潔に語る。
 
 1 教師と生徒という関係
 人間小野田と人間須田や人間香川や人間浜田等々という関係こそを、教師である私自身の生徒との関係のありかたの基本におかなければならないと考えている。もちろん、立場と役割は異なる。しかしそれは、君らとぼくとの関係が、上下というの関係においてではなく、内容において、ぼくが最大限のものを投げ与えることができるか、そして君たちがぼくから最大限ものをひきだし、摂取できるかという実質的な中身において問われる問題だ。教壇に立つにあたって、常に心掛けているぼくの基本になる考えである。
 この意味では、実質的中身こそが全てだ。
 
 2 教えるということを嫌う
 教えるということは、教師の優位の上で、未熟な生徒の力を向上させるというトーンが濃厚だ。これもまた、ぼくが幼少から憎んだものだ。なぜ憎んだのか。知識と経験を基準にすれば、年の功という言葉があるように、さしたる努力をしなくても、そうボロを出さずに教えられる。ましてや、毎年、同じようなことを生徒に教えるのだから熟練もしよう。だがそこに何があるのか。そこには、本当の情熱も希求もないではないか。落第生の烙印大いに結構。ぼくは、ともかく自分自身が信じうる生きかたをするしかないという考えを育むしかなかった。この考えは、たしかに危険ではある。自分をあまりに傷つけざるをえないからである。わが身に照らして必ずしも、他人に薦められる生きかただとは思わぬ。しかし自分の生きかたとしては、それしか無かったし、もちろん後悔もない。ぼくが教壇に立つのも、このような生きかたをともかく選んだからだ。ぼくの自負かもしれないが。
 そこで教えるという言葉を敢えて使うが、ぼくの方が君たち独り独りの個性や資質や気質の発見に務め、それに対応しながら、こと数学についていえば、君らの思考力を最大限伸ばしたいというのが、ぼくの目標だ。そして、数学の教師として教壇に立ったとき、誰にも負けぬというぼくの自負は、生徒の思考力および論理力をつけるというそのことにある。
 このことを君たちの側から見るならば、ぼくという人間の効用は、何といっても、考えかたの土台や思考方法や論理を身につけるには格好の奴隷(素材)が小野田先生であるということになる。ぼくは、言葉を重視するから、ことばを通して、言葉の裏に隠されているぼくの思考を、あるいはぼくの頭脳の使いかたや展開を盗むことだ。学ぶということは、教えられるなどという野暮な事ではなく、優れたものから盗むことなのだ。盗まれることによって、ぼくはまた、より多くの努力と成長に促される。
 
 3 数学は、観念(頭脳)という肉体の格闘技だ
 ぼくは君たちに教えていて驚いたのは、何とまあ、集中力および凝縮力を欠いていることか、ということだ。根本的な欠点だと思う。これがスポーツだったら、たちどころに怪我をしてしまうな。
 何故なのか。相手(数学)をねじふせようとしないで、初めから負け戦で望んでいるからだ。数学などというものは、人間が創ったものだから、何も怯えることはない。叩きのめす気持ちで、臨むがよい。見下すのも一つの方法だ。何といったって、生きている人間の方が、書かれた記号より上に決っている。この根本が分かっていない。ぼくにはそう見える。つまり受け見過ぎる。
 
 以上に基づいて、具体的に述べる。
 1 勉強などというものは、自分のためにやるものだ。親のためでも、ましてや教師のためにやるんじゃない。宿題をやる、やらぬ等、自分で責任を持ち自分の意志で決めることではないか。ぼくは、そう思う。まずは、君らに最も賭けているところだな。
 2 勉強の根本は、自分で判断することだ。人間には完全などというものはありえない。無限の修正あるのみだ。自分で判断するからこそ、判断の誤りにも気づくことができるだ。ところが君らときたら、すぐに教師に依存してしまう。自力でやる気迫が感じられぬ。これでは、実力など月はしない。
 3 勉強とは、自分に刃向かうことだ。その意味では、自分との闘いだということができる。ところが、君らは、適当にお茶を濁し、その場しのぎという感じで勉強するに過ぎないな。おそらく、両親に大切に育てられたためなのか、口当りの良いものしか食べないといった感じで勉強しているに過ぎないな。これでは、パワーなどとつきはせぬ。
 
 まあ、こんなところがぼくの基本的な考えというところだ。そこで質問する。
 
問 ぼくの考えについて、君の意見、あるいは感想、あるいは疑問、について、書いていただきたい。最低限、感想を述べていただきたい。
 
3 今後の授業の進めかた
 
 ぼくは、自分の考えを述べた。自分の考えをおし通すためではなく、逆に、君らの求めているものに対応しようとするためにである。主役は耳ら自身であってぼくではない。ぼくはあくまで産婆役なのである。そして産婆役に徹するためには、ぼくの内部に流れる血の色を君らに見せておくが良かろうと思ったまでだ。そこで以下、ぼくの方から質問するので、それぞれ答えてもらいたい。
 
問1 ぼくのこれまでの授業のやり方で、主として悪い面、つまり改善してほしいと感じたことについて、書いてくれ。
 
問2 ネオセミにきた目的はなんであるのか。
 
問3 ぼくの授業に関してであるが、受験をこそ目標においた授業を臨むのか、それとも数学の思考力、あるいは数学を通して思考力を付けるような授業を臨むのか。
 
問4 君らを突きはなし、それなりに君らに苦しみ、それによって飛躍する道を選ぶか、それともきちんと敷かれたレールに載って問題を一つ一つ解き、といった道を選ぶか。(以上 2002年3月入力・未校正)
 
                           
 
● これからの授業をどう進めるか(その2)
 質問に関する回答     5月15日 小野田
 連休前に、ぼくの方から投げかけた質問に対する解答が幾つかかえってきたので、それを紹介したい。
 
 Aからの解答
問 先生の考えかたは正しいと思う。でも理屈だ。少なくとも、現在のぼくにはできないと思う。時間がそれほどない。一年しか残っていないからだ。ましてや、勉強とは数学だけではない。5教科をすべて、均等にやらなければならない。つまり、数学だけにこだわってられない。
 先生の考え方はたしかに正しいと思う。しかし、その通りにやっていたら、その教科はのびても、ほかがだめになってしまう。
問1 まず問題をもう少し出してほしい。それともストなどでおおいに役にたつものを、そして問題を解く前に、やはり説明をしてからやってほしい。そして要点などをまとめ、ノートに取ってから、いくつかの基礎問題を解きそれから少しむずかしい問題を解く、というように、完全に理解できるようにしたい。
問2 二年になり、少し不安をいだき、まじめに勉強しようと考えたため。
問3 受験をこそ目標においた授業を望む。
問4 両方、どちらかにかたよらずに平行して。
 
Bからの解答
問 僕からの先生への感想は一言でいってしまおうとすれば「とても熱心でちょっとどこでもいる先生ではない」この一言です。なまいきかもしれないけどこの一言が最適だと思ったので書きました。その他大下先生、伊東先生……ネオセミの先生は熱心な一が多いと思いますが、小野田先生もとても熱心な先生の中の一人だと思います。まずこのプリント(「これから授業をいかにすすめるか」)を見ただけでそれがすぐにわかります。それで僕もそれについていけばいいんだけど……まだまだこれからです。
問1
 その1
 宿題の答えあわせ又は答えを書いたプリントをほしいです。
 その2
 Tの授業の時、わかっていると思われるような計算の途中 の所も、一応、かんたんにやらずにゆっくりとやってほし い(ガッカリされるかもしれないが)
 その3
 もっと、問題の答え、又は、やりかたなどを僕たちにあて発言させてほしい  以上
問2
 僕がはじめてネオセミに入ったのが二年生(中学)の十月ころ親がさがしてくれました。僕は二年の最初の時からこれからの一年は最も大切な一年だと意識しすぎたのか、スランプに落ち込んでしましました。そして、その年の夏休み一月間、ドイツに留学している父の所へ行き、勉強から一月手を引きました。
 夏休みはヨーロッパ中を、遊びまわり、帰ってからの飛躍を父と約束しました。ところが状態は悪くなる一方で、一時は一週間の間まともに集中して勉強できた日なんてこれっぽっちもない日がつづきました。そこで生活の大幅の改正にのりだしてネオセミに入ったと、まーこういうわけです。
問3 両方を強く望みます!
問4 とてもいやな質問だと思います。突きはしてもらえばいいと賭ければ最高なんだけどどうしても、その勇気がありません。だからといってレールの上でこの一年やっていきたくはありません。でもレールの上でやっていきながら最終的に、自分を苦しめ、それによって飛躍できるということはないんですか?
その他
 授業中の教え方で先生の一般論よりも具体例を言ってほしい時があります。例えば、先生は一つの問を教えるにあたって、少しずつヒントを出して僕達にさとらせようとしていると思うんですが、それはさんせいです。でも最後にはもう一度きちんとまとめなおし、整理してちゃんと教えてもらいたいです。
 
Cからの解答
問1
 初めは、小野田先生の授業に対してすごく反発を持っていました。つきはなした授業、言っていることが、おおざっぱすぎてなかなか理解できずとてもつかれる授業でした。だから私の考えも「こんな感じのやりとりで本当に力がつくのかしら」と思っていました。私の考えとしては「わからなければ納得ゆきまで、ずっと一緒に考えてくれるものが先生」と思っていました。他の先生とも少し違う感じだし、初めは正直いって「この先生 好きになれない」と思っていました(ごめんなさい)。先生は「問題がわからない時は自分で問題を変えてやれ」とおっしゃいましたが、それに関しても「勝手に問題なんかかえてしまったら、質問と意味が違ってきてしまう」と思っていました。また、数学とは自分の力で考え、答えを出してゆくものだと責任もって言えるような私ではありませんでした。もともと中途半端なことが嫌いな私でしたが、質問してよけいにわからなくなるようで投げやりになってしまったこともあったと思います。またしつこくされるのは嫌いなので用件をすばやくいって長い話はあまり好きではありませんでした。(しかし、自分で納得のいかないときはずっとねばっていることが多いです)ですから小野田先生のよくわからないゴチャゴチャとした説明も右から左へとぬけていくような感じでした。こんな感じの私でしたから、まだ自分の勉強法というのがわかっていませんでした。うちは両親が小学校、高校の教師なのでわからなければいつでも聞けるし、今まではずっとたよりっぱなしでした。だから小野田先生の授業でわからないところはすべて両親に聞いていました。今から考えると、それは私が直接、小野田先生に質問などをするのをこわがっていたのです。
 私の考えが変ったのは春期講習のころからです。自分で見つけだし答え、その時の喜び、今までの気持ちとは全然違いました。今までも数学は嫌いではありませんでしたが、自分で考えることが少なかったと思います。きちんとしかれたレールの上を走るのもとても大事だと思いますが、それ以上にそのレールをとびだして自分の数学の知識を創りあげるのも必要だと思います。だから私は小野田先生の授業に今はとても賛成です。つき放され苦しんで、勉強はしていくものだと思います。自分は頭がいいとは思ってはいません。テストなどで他の人たちの点数などを聞くたびに自己嫌悪におちいり、情けなくなります。自分よりすぐれている人がうらやましいです。いつもいけないなーとは思っていても、心のすみのどこかでしっとやねたみがあります。でも周りに、一激をしてくれるライバルがたくさんいるから幸せなんでしょうか……。今、私は数学に対して、小野田先生の授業のやり方でよかったんだと思っています。
 一つ要望(?)があります。質問するとなんか関係ないことまでいろいろとでてきてしまって最終的にどれが答えかわからなくなってしまいます。だから、もう少しわかりやすく最終的な結果、答えは何なのか言ってもらいたいです。
 今まで、質問などを恐れていましたがこれからは思ったことをどんどん言っていきたいと思うのでよろしくお願いいたします。
問2
 ネオセミに入った理由は自分の勉強法を見つけ出すことです。受験だからではありません。塾のやり方を見習って、自分の勉強法を見つけることが目です。いっぺんに頭がよくなろうとは思いません。少しずつ、努力していきやっていきたいと思っています。それにはまず、自分の力、どこまでやれるかを知るのが必要です。そのための目的でもありました。自分にあった勉強法で私はいきたいと思います。
問3
 もう中三ですので受験を目標の授業を必要ですが、私は数学の思考力、数学をとおしての思考力をつけるような授業を望みます。
問4
 私は問1でも述べたように、突きはなし、それなりに私達が苦しみ、それによって飛躍する道を選びます。
 勉強は受験だけのものとは思っていません。
 
Dからの解答
 
 私が、先生の授業を初めて受けたときの印象はといえば、私がこれまで会ってきた先生とは違うな、ということ。
 ネオセミに来てからは、新しい発見ばかりでしたが、それともまた違った感じでした。なにしろ、初めて受けた理科の授業は、全く全然分りませんでした。今まで一回も習ったことのない授業だったせいではないかと、初めのうちはそのように思いました。
 けれども、私よりも前に入っていた人たちが「いつもこんな感じの授業なんだよ」と話すのを聞き、いったいどんな先生なんだろうと不思議な感じを抱いていました。そして三年の講座に入って、初めての数学の時間にくばられたプリントを見て、唖然としてしまいました。あまりにも難しいので。このプリントも私たちにとって、少なくとも私にとっては難しいものなんです。たぶん、これだけのプリントの内容を全部理解できる中三生がいたら、その人の国御力はよほどのものだと思います。でも、とても熱心な人だな、ということはよくわかります。授業を受けていてもそれは、とても伝わってきます。だから私は、少しでも分ろうと説明を聞いたりプリントを読み返したりしています。けれど、みんながみんなそうしているとは思えません。
 一四〜一五歳という年齢のせいもあるかもしれませんが、とにかくすぐ飽きてしまう人が多く、難しいことは本当に必要なことだと思わなければやろうとしないのです。いいえ、頭では読んだ方が、聞いた方が自分のためだと思っても、どうにでもなるんじゃないか、学校でもあるまいし、と考えてしまう気持が働いてしまうんだと思います。これは確かにいけないことです。でも先生にも原因があるんじゃないでしょうか。プリントを読んでおきなさい、と言われて喜んで読み人はあまりいないと思います。まして、そのプリントに難しい言葉が並んでいたら、いくら言っていることのおおよその意味が分かっても、読む気を失ってしまう人は多いでしょう。前口上なんて、いくらあっても別にかまわないと思うけれど、文章をもう少し簡単にしてほしいです。先生にとっては簡単にすることが難しく、もどかしいと思います。授業を受けていても、一生懸命私たちに伝わるよう簡単に直そうとして苦労しているようなのがわかります。それなのにもっと簡単にしてほしいなんて、先生にとっては信じられないことかもしれないけれど、これが先生に直してほしいことの一つです。
 もう一つは、結論がほしいということ、ずいぶん前のことですが「質問すればするほどわかんなくなってくる」と言っている人がいました。先生の授業を聞いていて、結論はいったい何だったのか分らなかったことがあった時のことです。だから、結論は教えてくれるのか、自分で考えた方がいいのか、はっきりさせてほしいと思います。
 
 何回か授業を受けているうちに、他の先生とどこが違うのかということが、私のなかでだんだん分ってきました。先生は、考えるといことそのものなんだと思う。私は勉強よりも考えることが好きです。それで実力がつくかつかないかは別として。数学に限らず、とことん考えて考えすぎてしまうくらいですが、みんなは、しつこいとか、そんなの考えすぎだよーとか、そんなこと言われたってわかんないと言われてしまうけれど、時間があれば、こういう話をだれかと話し合いたいと思っています。でも私は、時間の使い方が下手すぎるのです。そんなことばかり考えて、全然勉強していませんでした。今まではそれでよかったのです。しかしとうとう受験が迫ってきました。結局、みんなのいうとおり考えているだけでは駄目だったのです。普通のテストでさえあがってしまう私です。テストにも馴れなければなりません。受験用の勉強もしなければなりません。だっていくら反対しても今の授業は変わらないから。そしてできるだけ自分に合った学校へ進み、私の話を分かってくれる人とめぐりあいたいから。自分の道を見つけたいから。だから私はネオセミに来ました。受験を知るために。今の受験にあった勉強法を教えてもらうために。
 私は、どちらかといえば、じっくりと一つ一つ考えて解く勉強が好きだし、小野田先生にその正しい勉強法を教えてもらえるのは嬉しいことですが、はたしてあと一年でそれが身につくか分からない……。
 頭では分っていても、迫ってくる受験に対して不安やあせりの方が今は勝っているのです。分っていただけるでしょうか。受験の重さがなければ、問3、問4の質問に関して、私がどっちをとるかははっきりしています。でも今は、どっちを選んだ方がいいのかわかりません。
                  (了)(2002年入力・未校正)