合格報告も含め、長年お世話になっていた接骨院に行く。 そこは50歳くらいの渋い院長先生と、その秀麗な奥様、 そして23歳になる娘さんの家族3人でやっている所。 僕はそこに中学3年の頃から通院していて、 本格的に治療に乗り出したのは高校3年の前期だろうか。 思えば5年来の付き合いである。 あの時から娘さんは変わらずに綺麗だ。 何時も快活に笑っていて、こちらまで幸せにしてくれる、 そんな雰囲気を持つ女性。 最初会った時から大人っぽいなとは思っていたが、 最近ますます魅力的になっている気がする。 きっと良い彼氏でも居るんだろうなぁ〜なんて思ってしまう。 彼女が何時も幸せそうに微笑めるには当然理由があるからだ。 なーんて邪推から、ふと正気に戻るとその彼女が目の前に居、 じっと僕の瞳を覗き込んでいる。思わずズサッと身を引いてしまう僕。 すると彼女は不機嫌そうに口を尖らせ、 「まーた人の言う事聞いて無かったでしょう」 と僕を責めた。 当然話など聞いていない僕は不明瞭なままコメントするのを避け、 頭をポリポリ掻いてから苦笑して舌を出した。 「ごめん」 彼女は僕の事を弟のように扱っているので、 往々にしてこんな態度を取る事が多い。 人に甘える事は得意な上に、こういう関係も悪くないなと思ったりもする。 それじゃあ駄目だと言われそうだが、ハナから僕は期待していない。 彼女は高嶺の花なのだ。 まぁそんな僕の思考などどうでも良い。 彼女は再び優しく、今両親とも来診に行っている事、 そこのベッドに靴下脱いで腰掛けて待っててくれ、と言う事を僕に伝えた。 僕は逆らう理由も無い。 ほいほいと返答してベッドに腰掛け、靴下を脱ぎ始める。 僕が靴下を脱ぎ終えた頃には彼女もやって来て、 包帯とハサミ、薬を箱から取り出していた。 彼女は僕の右足首をゆっくりと左右に動かしたり、 回したりしながら僕に話しかける。 「・・・痛い?」 昔はこれだけでも痛かったのに、今ではホトンド痛まない。 全力で走っても痛まない程に、僕の足は治っていると言って良かった。 「大丈夫です」 僕が微笑んでそう言うと、彼女も顔を上げて、ふっと僕に微笑んでくれた。 あぁチクショウ抱き締めちゃうぞコノヤロウ(暴走) なんて僕の煩悩など素知らぬ顔で、彼女は僕の足に薬を塗り出す。 ヒンヤリとした薬と、彼女の手がどうしようもなく心地良い。 早く帰って来い親よ!娘さんが危険です!(続暴走) 突然、彼女は包帯を巻きながら呟く様に僕に言った。 「でも本当に良かったね、合格して。 自分では遊びまわってたみたいな事言ってたけど、 ちゃんと勉強してたんでしょ?君はヒネクレ者だからね。」 そう言って、ふふっと笑う彼女。 それは買い被りすぎですよお姉さん。 僕は“頑張ってないと見せかけ実は頑張っている” と思わせる手段に長けてるのです。 と同時に、あーやっぱ弟扱いだなぁと思ってしまう。 包帯は足首まで巻かれ、彼女がそれを結び始める。 「それで、合格祝い何が良ーい?」 そう言って、キュッと強く結び終えた。 「ぃたい」 ちょっとその結び方が強くて、僕は思わずそう言った。 すると彼女は、突然動作を止めた。 ゆっくりと顔を上げるその顔は朱色で、その表情は堅い。 あれ、ちょっと責める感じだったかなと心配になって、 僕は苦笑いのような、真面目なような、あやふやな表情になってしまった。 しばらく彼女は呆然と僕に見入ってい、 僕は気まずさに耐えられず鼻をコリコリと掻く。 やがて彼女はのろのろと手をその膝の上に乗せ、 じーっと自分の手を見詰め、消え入るような声でこう言った。 「普通、そういう事言う・・・?」 うあーやっぱり自尊心傷つけちゃったよヤバイよお! 僕は前にも彼女を怒らせた事がある。 バレンタインでチョコをもらった時、素直に喜べば良かったのに、 彼女の両親から冷やかされて照れた僕は、 「どうせ皆にも上げているんでしょうし」 などとタワケタ事を言ってしまったのだ。(青過ぎ) あれからチョコをくれなくなってしまった。悲惨。 っていうか自業自得。 走馬灯の様にその時の事が思い出された僕は大いに焦り、 フォローしようと頭を必死に動かす。 「いや、ゴメン、ふと言っちゃった事なんだ! マジじゃなくて、その、困らせてやろうかな〜なんてね」 あははは〜と笑って取り繕う僕を、 これまた気の強い彼女は顔を真っ赤にしてキッと僕を睨み付ける。 「じょ、冗談でそんな事言ったの!? 私を馬鹿にしてるの!? 冗談で“したい”なんて言うんだ!?」 そう、まくしたてる彼女の最後の言葉を僕は聞き落とさなかった。 その勢いにタジタジしながらも、僕は彼女を落ち着かせようとする。 「ちょ、ちょ、チョイ待ち!大いなる誤解がある! 俺は“したい”なんて言ってないって!!」 それでも彼女は止まらない。いや気性が激しいのは察していたけど。 「言ったじゃない! 合格祝いに“したい”って言ったじゃない!!」 彼女はもはや顔の全面を真っ赤に染め、子供の様にそう叫ぶ。 うああああスゴイ事になっている。 そりゃそうなりゃ最高だけどってゴフンゴフン。 とにかく僕は彼女を手で制し、少し時間を置いて言った。 「言ったのは、“したい”ぢゃなくて、“痛い”!」 沈黙が部屋を支配する。 漫画ならば今ごろ“チーンΩ\ζ゜)”とか入っている事だろう。 だが生憎これは現実だ。 数秒後、爆笑が家を揺るがした。 お互い気まずいを通り越してもう笑うしかない。 そこへ両親が帰宅、事情を説明する訳にもいかないし、 僕らは二人くすくす必死に笑いを押し殺していた。 当然それを不可解に思っただろう院長先生は、だが特に問わず、 僕の合格を心から喜んでくれた。 それからお茶を御馳走になり、帰る間際、 ふと彼女が玄関で僕に意地悪そうに微笑んできた。 「合格祝い、何が良い?」 僕は思わずプッと吹き出し、彼女もつられて笑ってる。 「そうですね、今度デートして下さいよ」 笑い止んだ時を見計らって僕はそう恰好つけてアプローチした。 が、 「そんな事は俺が許さーん」 との院長先生の声が廊下の奥から聞こえてきた。 むぅ盗聴とは医者らしからぬ人だぜ、と苦笑しつつ、 僕は彼女に手を振ってドアを閉めた。 駐車場にある原付にまたがり、ヘルメットをかぶりながら、 (あーフォローしなきゃ良かったかなぁ) と後悔したけど、時間的に手を出したらやばかったかもしれない。(汗 なーんてまた妄想の世界を広げる俺は、 もう7000kmも走ったバイクのキーを回し、 寒くて遠い家路を帰った。 |