2000 3/15の笑える話

合格報告も含め、長年お世話になっていた接骨院に行く。
そこは50歳くらいの渋い院長先生と、その秀麗な奥様、
そして23歳になる娘さんの家族3人でやっている所。

僕はそこに中学3年の頃から通院していて、
本格的に治療に乗り出したのは高校3年の前期だろうか。
思えば5年来の付き合いである。
あの時から娘さんは変わらずに綺麗だ。
何時も快活に笑っていて、こちらまで幸せにしてくれる、
そんな雰囲気を持つ女性。
最初会った時から大人っぽいなとは思っていたが、
最近ますます魅力的になっている気がする。
きっと良い彼氏でも居るんだろうなぁ〜なんて思ってしまう。
彼女が何時も幸せそうに微笑めるには当然理由があるからだ。

なーんて邪推から、ふと正気に戻るとその彼女が目の前に居、
じっと僕の瞳を覗き込んでいる。思わずズサッと身を引いてしまう僕。
すると彼女は不機嫌そうに口を尖らせ、
「まーた人の言う事聞いて無かったでしょう」
と僕を責めた。

当然話など聞いていない僕は不明瞭なままコメントするのを避け、
頭をポリポリ掻いてから苦笑して舌を出した。
「ごめん」
彼女は僕の事を弟のように扱っているので、
往々にしてこんな態度を取る事が多い。
人に甘える事は得意な上に、こういう関係も悪くないなと思ったりもする。
それじゃあ駄目だと言われそうだが、ハナから僕は期待していない。
彼女は高嶺の花なのだ。

まぁそんな僕の思考などどうでも良い。
彼女は再び優しく、今両親とも来診に行っている事、
そこのベッドに靴下脱いで腰掛けて待っててくれ、と言う事を僕に伝えた。
僕は逆らう理由も無い。
ほいほいと返答してベッドに腰掛け、靴下を脱ぎ始める。
僕が靴下を脱ぎ終えた頃には彼女もやって来て、
包帯とハサミ、薬を箱から取り出していた。

彼女は僕の右足首をゆっくりと左右に動かしたり、
回したりしながら僕に話しかける。
「・・・痛い?」
昔はこれだけでも痛かったのに、今ではホトンド痛まない。
全力で走っても痛まない程に、僕の足は治っていると言って良かった。
「大丈夫です」
僕が微笑んでそう言うと、彼女も顔を上げて、ふっと僕に微笑んでくれた。
あぁチクショウ抱き締めちゃうぞコノヤロウ(暴走)

なんて僕の煩悩など素知らぬ顔で、彼女は僕の足に薬を塗り出す。
ヒンヤリとした薬と、彼女の手がどうしようもなく心地良い。
早く帰って来い親よ!娘さんが危険です!(続暴走)

突然、彼女は包帯を巻きながら呟く様に僕に言った。
「でも本当に良かったね、合格して。
 自分では遊びまわってたみたいな事言ってたけど、
 ちゃんと勉強してたんでしょ?君はヒネクレ者だからね。」
そう言って、ふふっと笑う彼女。
それは買い被りすぎですよお姉さん。
僕は“頑張ってないと見せかけ実は頑張っている”
と思わせる手段に長けてるのです。
と同時に、あーやっぱ弟扱いだなぁと思ってしまう。
包帯は足首まで巻かれ、彼女がそれを結び始める。
「それで、合格祝い何が良ーい?」
そう言って、キュッと強く結び終えた。
「ぃたい」
ちょっとその結び方が強くて、僕は思わずそう言った。

すると彼女は、突然動作を止めた。
ゆっくりと顔を上げるその顔は朱色で、その表情は堅い。
あれ、ちょっと責める感じだったかなと心配になって、
僕は苦笑いのような、真面目なような、あやふやな表情になってしまった。
しばらく彼女は呆然と僕に見入ってい、
僕は気まずさに耐えられず鼻をコリコリと掻く。
やがて彼女はのろのろと手をその膝の上に乗せ、
じーっと自分の手を見詰め、消え入るような声でこう言った。
「普通、そういう事言う・・・?」
うあーやっぱり自尊心傷つけちゃったよヤバイよお!

僕は前にも彼女を怒らせた事がある。
バレンタインでチョコをもらった時、素直に喜べば良かったのに、
彼女の両親から冷やかされて照れた僕は、
「どうせ皆にも上げているんでしょうし」
などとタワケタ事を言ってしまったのだ。(青過ぎ)
あれからチョコをくれなくなってしまった。悲惨。
っていうか自業自得。

走馬灯の様にその時の事が思い出された僕は大いに焦り、
フォローしようと頭を必死に動かす。
「いや、ゴメン、ふと言っちゃった事なんだ!
 マジじゃなくて、その、困らせてやろうかな〜なんてね」
あははは〜と笑って取り繕う僕を、
これまた気の強い彼女は顔を真っ赤にしてキッと僕を睨み付ける。
「じょ、冗談でそんな事言ったの!?
 私を馬鹿にしてるの!?
 冗談で“したい”なんて言うんだ!?」
そう、まくしたてる彼女の最後の言葉を僕は聞き落とさなかった。
その勢いにタジタジしながらも、僕は彼女を落ち着かせようとする。
「ちょ、ちょ、チョイ待ち!大いなる誤解がある!
 俺は“したい”なんて言ってないって!!」
それでも彼女は止まらない。いや気性が激しいのは察していたけど。
「言ったじゃない!
 合格祝いに“したい”って言ったじゃない!!」
彼女はもはや顔の全面を真っ赤に染め、子供の様にそう叫ぶ。
うああああスゴイ事になっている。
そりゃそうなりゃ最高だけどってゴフンゴフン。

とにかく僕は彼女を手で制し、少し時間を置いて言った。
「言ったのは、“したい”ぢゃなくて、“痛い”!」

沈黙が部屋を支配する。

漫画ならば今ごろ“チーンΩ\ζ゜)”とか入っている事だろう。
だが生憎これは現実だ。

数秒後、爆笑が家を揺るがした。
お互い気まずいを通り越してもう笑うしかない。
そこへ両親が帰宅、事情を説明する訳にもいかないし、
僕らは二人くすくす必死に笑いを押し殺していた。
当然それを不可解に思っただろう院長先生は、だが特に問わず、
僕の合格を心から喜んでくれた。

それからお茶を御馳走になり、帰る間際、
ふと彼女が玄関で僕に意地悪そうに微笑んできた。
「合格祝い、何が良い?」
僕は思わずプッと吹き出し、彼女もつられて笑ってる。
「そうですね、今度デートして下さいよ」
笑い止んだ時を見計らって僕はそう恰好つけてアプローチした。
が、
「そんな事は俺が許さーん」
との院長先生の声が廊下の奥から聞こえてきた。
むぅ盗聴とは医者らしからぬ人だぜ、と苦笑しつつ、
僕は彼女に手を振ってドアを閉めた。

駐車場にある原付にまたがり、ヘルメットをかぶりながら、
(あーフォローしなきゃ良かったかなぁ)
と後悔したけど、時間的に手を出したらやばかったかもしれない。(汗

なーんてまた妄想の世界を広げる俺は、
もう7000kmも走ったバイクのキーを回し、
寒くて遠い家路を帰った。