知的所有権協会 ホームページの 見解について(まずホームページを見てください)
ホームページでは、一連の裁判について、「もともとこれら一連の事件の原因は、当会の登録システムではなく、その宣伝広告が 適切ではないと、注意喚起されたもである。従って、当会は、今後も司法の指導に従 い、当会への登録への意義を正しく理解していただくための事業の改善を行っていく。」と述べています。
「控訴人ら(原告等)に詐欺の故意があったと認定することは十分可能」(東京高裁)、 「・・・錯誤に陥って本件登録及ぶものがあることを認識しつつ、あえてそれを行っているものと認められ、被害には詐欺の行為が認められるというべきである。」(岐阜地裁)という判決を、「その宣伝広告が適切ではないと、注意喚起されたものである。」と解釈し、著作権登録という「登録システム」に問題があるとした判決ではないというわけです。
判決文は豊沢氏の著作権登録を薦める著書を詳細に検討し、「詐欺の行為があった、詐欺の行為が認められる」としているのであって、「著作権で発明、アイデアも保護される」と嘘を言って、知的所有権協会への知的所有権登録を薦め、「発明が保護されると思って」多くの人が登録行為におよんだ、そのような行為を「詐欺の行為があった、詐欺の行為が認められる」としているのです。
著作物およびそれを創作したことを証明するための証拠をつくることは、公証人役場を利用する、文化庁の著作権登録を利用するなどなどいろいろな方法が行われているのは当たり前のことで、いろいろな団体が著作物およびその創作を証明することも行っています。これらを「著作権登録システム」「著作権証明システム」だとしても、これらは「著作権によってあるいはその登録によって発明やアイデアが保護される」などということは言っていないし、むしろそのようなことは無い(文化庁など)いっているのです。
文化庁などの著作権登録なり著作権証明と株式会社知的所有権協会の著作権登録の決定的な違いは、「発明やアイデアが保護されると思って登録した」かどうかなのです。実際、登録者の圧倒的多くが特許、実用新案などに出願しなくても「発明が保護されると思い込み」株式会社知的所有権協会の著作権登録していることを見ると明らかです。
私の参加している山梨日曜発明学校にも、新参加者の多くが知的所有権協会への著作権登録証を示し「著作権登録をしてあります」と言って、発明を発表します。豊沢氏の著書を読み全員が「特許庁に出願しなくても、著作権登録で発明が保護される」と信じ、思い込み、登録を行っています。「・・・錯誤に陥って本件登録及ぶものがあることを認識しつつ、あえてそれを行っているものと認められ、被害には詐欺の行為が認められるというべきである。」(岐阜地裁)の言うとおりなのです。
当会(知的所有権協会)の知的所有権(著作権)登録システムは・・・「もともと発明家のために考案されたシステムなのです。」(知的所有権協会ホームページ 著作権登録とは 2003.10.29)とわざわざ下線入りで自から認めています。発明家と言えば著作物ではなく発明であることは明らかであり、知的所有権(著作権)登録が発明家の発明をターゲットにしていることを自ら告発しているものです。すなわち、発明の登録にこそその本質と狙いがあるのであり、登録する発明家も発明が保護されると思って登録しているのです。
つまり、「発明の保護」を抜きにした株式会社知的所有権協会の知的所有権(著作権)登録システムは成り立たないものなのです。
「発明、アイデアまでもが著作権により保護される」「知的所有権協会に2000円で登録すればそれを証明します」というのが、豊沢氏や井上氏を中心とする株式会社知的所有権協会が行っているものであり、「著作権登録システム」そのものなのです。裁判官はその理論およびそれと一体の「著作権登録システム」そのものを糾弾したのであることは明らかです。それでも、「著作権で発明、アイデアが保護される」ことを前提にした「著作権登録システム」を、これからも宣伝広告を変えて続けて行くというのです。
「詐欺」という厳しい指摘を受けても、それを「宣伝広告が適切でないと注意された」「知的所有権登録システムではない」と解釈し、その「司法の指導に従い」、宣伝広告のやり方を適切にやって行きますというのです。豊沢氏の知的所有権登録=著作権登録の著書もこのようなすり替え解釈に寄っています。
2003,10.29 中谷