ヴァンフォーレな夜 --- 夏の夜の幻影 ---

「さて、選手の皆さんへ」...。そんな題名の書き込みをした。ヤフーの掲示板、「ヴァンフォーレの選手に応援メールを...」ってカテに。今では消えてしまっている。思い出しながら、付け足しながら書いてみるね。
   



●さて、選手の皆さんへ       gonta3rd
 選手の皆さん、お元気ですか。
 僕は夢のない子どもでした。ボーっとしながら年を取り、夢らしきモノに気が付いた時には既にほとんど手遅れでした。でも残された時間と僅かな可能性をまだ諦めきれずにいます。
 皆さんの子どもの頃の夢は何でしたか?スポーツ選手?サッカーの選手?Jリーガー?W杯出場?きっといろいろでしょうね。でも少なくともサッカーが嫌いでも、イヤイヤ仕方なしにやってきたのでもないでしょう。多分子どもの頃からエースで4番ではないけど、運動神経抜群でサッカーが好きで、もっと上手くなりたくて、夢中で頑張ってきたんでしょう。
 今が大いなる夢の中心ではないかもしれない。でもきっと夢の端っこには乗っかっているんですよね。好きなことで食っていけることは、夢で神のパンが得られるということは、どんなに素敵なことでしょうか。人は今の幸せを感じることが下手くそです。何かを失った時にしか、幸せだったことを感じられないなんて悲しすぎますよね。
 そんなに平坦な道でもなかったかもしれません。何度かの挫折や苦い涙を味わって来たのでしょう。そして今あなた方はここにいる。自ら選択してヴァンフォーレにいるんですね。そして僕はあなた方を見つけてしまった。もう目が離せなくなってしまったんです。

 僕はスポーツをやるのは苦手です。球技は訳あって出来ません。ルールにも戦術にも詳しくありません。でも皆さん方の名前と顔を覚えたい。そのプレーと闘志をこの目に焼き付けたい。そしてエネルギーをもらいたい。
 沢山の子ども達も見ていますね。まだ透明な目をした彼らに夢を希望を与えてあげてください。

 今夜小瀬に幸せを探しに行ってみます。


 明らかにおのぼりさん、自己陶酔の塊で投稿してしまった。後で読んでもヘンテコリンで完全に浮いてる感じが痛々しかった。でも盛り上がったまま、小瀬スタジアムに行ったのだった。

 2001年J2第27節、8月18日午後7時、小瀬陸上競技場。相手は水戸ホーリーホック。同じように下位に甘んじ、同じように苦しんでいるチームだ。少なくとも勝つチャンスはある。しかし相手も同じことを考えている。油断は禁物だ。
 水戸については少しの感慨がある。甲府が初勝利を上げた相手だ。僕はその場面に立ち会い、喜びと痛みを感じたのだった。第6節の小瀬。水戸も初勝利を目指していた、そして水戸は敗れた。試合後の丸めた背中が痛々しかった。水戸の選手の落胆と悲しみが痛かった。 甲府の勝利に酔いながら同時に痛む心。結果を問われるプロスポーツの世界...。勝利の女神は情状酌量を認めてはくれない。
 感慨にふける間もなく試合は始まっていた。いつものように一杯目のビールを味わいながら、いつものようじゃない選手の動きに驚いていた。何か気迫にみなぎっていた。まさか...!僕の中の思い込みのロジックが都合のいい妄想を描きはじめる。あの書き込みを読んでくれたのかな?そして何かを感じ、そんなに張り切っているのかな?そんなことはないだろうけど、ビールと妄想に酔っていたら前半終了。1-0で勝っていた。ハーフタイム、2杯目のビールを買い求め、喫煙所でハイライトをふかす。話したことはないけれど、何度も見る顔が沢山いる。この弱いチームを愛する人々。同じ気持ちの笑顔の共有。「今日はいいよね」なんて話し声も聞こえた。僕も今日はイケルかもなんて嬉しくなった。そして僕だけが妄想の中で知っていた。選手達がなんでこんなに頑張ってるのかを...。(酔っぱらいの感傷だから許してね。)
 後半は一進一退、一喜一憂。ビールに酔い、自分に酔い、試合に酔った。恥も外聞もなく大声で騒いでいた。「マーク外すなー!」とか「集中ー!!」っとか。まったく何様のつもりなのか、臆面もなく声を枯らしていた。自分が観客なのか監督なのか、コーチなのか選手なのか。ここが客席なのかグラウンドなのか、芝生なのかボールなのか。自分と自分の外の境目がとけて無くなっていくのを感じた。世界と自分が一緒になっていた。スコアは2-2で延長戦にもつれ込んでいた。
 3杯目のビールが僕の緊張と興奮をぼやけさせていた。強気と弱気がせめぎ合い混沌が生じるとき、思いもしない言葉が心をよぎった。《もういい、十分戦ったよ。そんなに攻めるなよ、引き分けでもいいじゃないか...。》それでも選手達は攻め続ける、相手のカウンターも恐れずに...。「集中」とか「いけー」とか叫んでいるけれど、僕自身の集中力が途切れがちになってくる。引き分けを確信しつつあった延長後半のロスタイム。僕の集中は完全に切れてしまって、ボールを見失ってしまった。あっけない幕切れだった。キーパーの吾妻君がゴール前でうずくまっているのが見えた。後はもうわからない。僕も頭を抱えて動けなくなっていたんだ。《何てこった、何てこったー!》何度も何度も心が叫ぶ。君たちは悪くない。悪いのは僕だ。弱気になった僕だ。集中を切らしてしまった僕なんだ。
 いつのことからか負けても選手はサポーター席に挨拶に来るようになっていた。放心状態の僕も立ち上がり、選手の健闘に拍手を送る...。でも顔がまともに見られない。ゴメンよ、ゴメン...、みんな...。

 虚ろな足取りでグラウンドを後にする僕。木々が生い茂るスポーツ公園の夜。あちらこちらに帰り道の人影が黒くうごめいている。でも皆無言だ。いや僕の酔いと混乱と落胆が音を閉め出していたのかもしれない。選手は頑張った。確かに全力だった。そうだと思いたかった。でもそれは僕の思い込みだったのか...。僕のあの書き込みは、力任せの声援は彼らに届いたんだろうか...。何もかも無意味に思える静けさが僕の暗闇を覆い始めていた。その時ふと、すぐ後ろで子どもの声が聞こえた。
「おとうさん、今日のヴァンフォーレ頑張ったね。」
「うん、そうだね...。」
「でも負けちゃったね。」
「...うん、残念だね。...」
《... !、!!》その子の声が僕を救った。君らは確かに輝いていたんだ。目がゆっくりと夜に順応する時、世界がゆっくり浮かび上がってくる。それでも重い足取りと一緒に家路についた。

 夏の夜の風は少しだけ秋の匂いがしていた。

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