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◎半端もんのうた

 何年ぶりに都に上った。ひょんなことから手に入ったハイパワーなベースアンプヘットに

合うスピーカーキャビネットを物色する為だ。私の住む地方都市の数件の楽器屋には

間違っても置いていないやつだ。安くはないその買い物をカタログとカンだけを頼りに

注文する程、私はまだ度胸がすわってはいない。×××も楽器もアンプも...まず試して

みないとなかなか決断は出来ないものだ。

 その日は朝からツイていなかった。最寄りの駅までスクーターで行くつもりだった。

普段あまり乗らないスクーターはエンジンはかかるのだがアクセルを開けると止まって

しまう。プラグが駄目か、キャブかもしれない。キャブなら私の手には負えない。

とりあえずプラグを外してみる。かぶり気味だが、それほど汚れていない。一応ワイヤブラシ

できれいにして再びチャレンジ。症状は変わらない。スクーターをあきらめ、自転車にする。

結局、駅まで30分かかってしまい、合計2時間以上のロス。お釣りで汗がたくさん出た。

 駅ビルの本屋で久しぶりに音楽系の雑誌を買った。雑誌の後ろの方の楽器屋の広告が、

今日の水先案内人だ。

 電車の中でさっきの雑誌を見ながら楽器屋をチェックする。新宿周辺、お茶の水周辺

あたりで何件か廻ろう。しかし時間的に少し厳しそうだ。当初の予定だと早い時間に家を

出て、その日の内に用事を済ますはずだったが、この電車が新宿に着くのは4時近くに

なってしまう。まあどうにかなるさと、ビールを飲みながら窓の景色を眺めていた。

 結局、その日の内には3店しかチェック出来なかった。あたりをつけてあったメーカーも

1つまだ音出し出来ていないところがある。中途半端な宵の口、次の日も休みだったが、

さてどうしたものかと新宿当たりをふらついてみる。とりあえず公衆電話のピンクチラシ

を人目を忍んでポケットに詰め込む。小心者である。どこかの安いラブホにでも泊まって、

おネーチャン呼んで、空しい朝を迎えるのだろうか。そんな貧困なイマジネーションしか

浮かばないまま、とりあえず休憩料金から宿泊料金にかわると思われる時間まで駅の周りを

漂ってみる。それにしても今日一日よく歩いた。普段の何倍だろうか。もともと自称「体が

弱い」のに自転車、歩きと足が棒だ。ホトホト自分のひ弱さ加減を思い知る。道行く若い

女の子にも追い越される。この土地の人は皆、歩くのが速い。みんな何かに憑かれた様に

先を急いでいる。

 歩くリズムで不意にメロディーが浮かんできた。何処かで聞いたような何処でも聞いた

ことの無いような...そんなメロディー。黒っぽいハネ系のダンスビート。ハーモニーは

1コード系だろう。駄作か、いや悪くない。そんなことを考えながら忘れないように何度も

メロディーを牛のハンスウの様に頭の中で鳴らしながら歩いた。そんな流れに流されて

歌舞伎町辺りに辿り着いた。夜の歌舞伎町...聞き慣れた妖しい響きが目の前に横たわっている。

前に来たときは昼でも怖かったな。そんなことを思い出して少し可笑しくなる。今は疲れて

テンパッているせいか、そんな恐怖感も、感動もない。ただ頭の中に「探検」とか「冒険」とか

という言葉が、ひどく魅力的に響いていた。

 どこかのホームページの中でよく読む光景が,目の前にむき出しで立ちはだかっていた。

テレビのドキュメンタリーのカメラの様な目が、想像の中では見慣れた景色を映し出す。不思議な

感覚。ネオンや客引き達や喧騒や...。ただナレーションは無く、客引きは実際に声をかけてくる。

客引き達の声を不器用に振り払いながら、ただ彷徨く。すぐ普通の街に出てしまった。道に

迷った振りをしながら同じ所をぐるぐる回る。何だ、たいしたこと無いな、と思いながら今度は

別の道をいってみる。こちらも似たような光景だ。興奮で忘れていた疲れが少し出てきた。

どこかでちょっと休もう。さて...しかし今度はほんとに迷った様だ。いくら歩いてもきらびやかな

光景から逃れることはできない。若そうなポン引き君がよってくる。「おにいさん、ラスト・・・

どうですか・・・うちにはいい娘が・・・サービスしますよ・・・####円ポッキリ・・・」

いい加減ウンザリしていたので、大きな声で「あっそうだ!」と手をパンッと打ちながら言って

みた。ちょっと引いたポン君をよそにその場から足早に立ち去った。後ろから「何だよ。どう

したってんだよ。」と嘲るようなポン君の声が聞こえた。この作戦はハズシタ様だった。尻っ尾を

丸めた負け犬の気分だ。それでも歩き続けると「KOMA・・・」とある大きな壁が目に入った。

そこにちょっとした広場の様な場所を発見した。少し休めそうだ。広場の隅っこで二人連れの

若者がアコギをかき鳴らして何やら歌っている。面白そうなので少し離れてコンクリートの台に

座って眺めることにする。

 少し枯れかかった、しかし歌い込んだ、いい声をしている。コーラスのピッチもピッタリ合って

いる。まあまあか...いや、なかなかか。2本のギターのピッチが微妙にずれている。惜しい。

聞いているとメロディーが自由に泳げていない。ハーモニー展開に見えない制約があるようで

少しもどかしい。歌詞はあまり印象に残らない。ありきたりのラブソングか。そんなことを思って

いると1曲目が終わった。無意識のうちに手が力無い拍手をしていた。周りにこんなに沢山

人間がいるのに他に誰ひとり拍手なんてしてるやつは居なかった。彼らは「あっどうも...」という

感じで会釈した。「あっあっ、いや...」という感じで会釈を返しておいた。2曲目がはじまる。

さっきの印象はそのままに、気になる部分だけが明確に浮き上がってくる。あと一歩、二歩...。

君らに足りないのは、しかし、根本的な、あるいは致命的な...。偽善者はまた拍手をしていた。

こういう演奏を見るにつけ聞くにつけ、結構ストレスが溜まるものだ。彼らに上っ面のほめ言葉と

ともに近づいていって、お友達になり「1曲やらしてよ」なんて言いながらギターを奪い取り

ガツンッと一発やっている...目を開けたまま、ボーっとそんな夢をひととき見ていた。我に返ると

彼らは片づけはじめていた。...宙ぶらりんの感情の高揚をポケットに詰め込んで、また立ち上がった。

 歩きはじめると、さっきから気になる看板がある。無意識が興味を示し、自我が抵抗を続けている。

「オールナイトコース5800円」か...、ここならとりあえず、ボッタクられることは無いし、

宿代も浮く。期待する「マチガイ」は無いだろうけれども、無意識君はとりあえず納得するだろう。

無意識と自我と超自我の話し合いは玉虫色の決着を見るに至った。後は、人目の途切れないこの道で

あの派手目の光る看板の横をどうやって通り抜けるかだけが問題だ。「どうせ誰も気にしちゃいない

さ。」悪魔が耳元でささやいた。深呼吸をして息を止め、背筋を伸ばして少し足早に、体は地下に

向かう階段に吸い込まれていった。

 気持ち悪いほど愛想のいい店員が2人、マニュアル通りの接客をする。ここは初めてか、システムは

わかっているか、云々...。適当に受け流してビデオを3本借りて、部屋に入った。ワイドテレビと

ビデオデッキ、電話が2台、そしてなにより大きなソファー。これなら十分仮眠がとれる。ビデオを

セットし、トイレを済ませ、ウーロン茶を買って部屋に戻る。シャワーも使えるらしい。至れり

尽くせりだ。電話は早取りと取り次ぎ併用の様だ。1時は回った時間なのに会話中の赤いランプが

7〜8個も点いている。タイミング良く電話が鳴った。早取りなのに他が全部通話中なのかうまく

取れた。

 そんな電話が2〜3本、みんな話はあまり盛り上がらないが、それなりには会話が続く。

1本などは内容、フィーリング、価値観などすべての面で噛み合っていないのに相手が執拗に

食らいついてくる。こちらから切るのも失礼なので、もう眠いからと丁重にお断りしてしまった。

1本切れるとタイミング良くかかってくる。会話中は余計にはかかってこない...。ようやく話か見えて

きた。少しはいても仕方ないが、こいつらみんなサクラじゃねえのか。土地勘もなく、足もなく、

こんな深夜に、疲れ切った体で、今さらアポなど取るつもりもないが、それにしてもひどすぎる。

今夜はもうフテ寝でもしようかと思っていると、また電話が鳴った。少し間をおいて受話器を取った。

「こんばんは、こんな夜中に、お仕事ご苦労さんです...。」

おネーチャン、壊れているのか、眠くてやけになっているのかサクラであることを素直に認めた。

ならばと今までWeb上で仕入れたサクラ情報の真偽を根ほり葉ほり聞いてみた。それらは大体に

おいて正しい様だった。だがしかし、おネーチャン相当オネムの様でもう会話があまり続かなく

なってきた。もうこっちもどっちでもよくなってるので、この娘の為に電話を切らずに寝かして

あげようかと思った。それならば子守歌でも歌ってやろうと自作の曲を歌ってやった。

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      ※ おやすみBaby ※

  おやすみ 今夜は 疲れた身体 癒して

  おやすみ ゆっくり 素敵な夢を

  遠い昔の おとぎ話の様に

  ハッピーエンドで 今日を終わらせて

  手に入れたもの 色褪せるのは 遠ざかる夢 輝き増すのは

  重すぎる 荷物 今夜は・・・

       - - - - -

  おやすみ 今夜は 疲れたこころ 温め

  母に 抱かれた あの日に帰ろう

  添い寝話で 聞かせてあげよう

  問わず語りの 悲しい恋の詩

  泣いた赤鬼さんは どうなったの

  去った青鬼さんは どおしてるの

  嘘つきの 弱虫は 遠いお山に 捨てられたとさ

  だけど君の 中の誰かさん まだそこで 君を泣かせてるの...

  北緯35度の その孤独も いつかお空の 夜鷹の星に

      - - - - -

  無駄に歳月を 重ねただけで 何にも変われない あの日の子供さ

  君の心の 鬼ヶ島には たどり着けそに ない桃太郎

  ため息の スピーチバルーン また一つ 夜に溶けて消えた

  君の寝息の やさしいその子守歌で

  どうぞ今夜は ぼくを眠らせて

  遠い空から おやすみ My sweet babe

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 ところがである。おネーチャン、眠くなるどころか、歌詞のひとつひとつにいちいち反応を示し、

いたってご機嫌、これだけじゃ済みそうになくなってしまった。しょうがないので次に「ねじれた

お月様」ってのを歌ってやった。

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      ※ ねじれたお月様 ※

 

  もう  こんな気持ちのままで どう  転がり落ちて往くの

  そう  いつか見たことのある NO! 見知らぬはずのあした

  それなのに 知らぬ顔して 揺れてい〜る よく見りゃ もう それなら どう

  想いは募り

  さっきまでの ウソや言い訳に 濡れてい〜る あんたにゃ もう こんにのも〜

  夢のまた夢

  お月様 今夜も空に ぽっかりと ただ 浮かんでる〜

  ねじれた あんたの顔が ぼんやりと にじんで 消えた

   ------------------------------------------------

  ああ 天使は舞い降りてきた そう あまりにも突然に...

  ああ 眩しすぎて瞳閉じたら もう 二度と見えなくなった

  それならば いっそこのまま 眠らせ〜て おいらにゃ もう 手も足も〜

  まるでお手上げ

  今さらの 作り話で 丸め込んだ 真ん丸の〜 あんたにゃ もう

  夢のまた夢

  お月様 今夜も空に ぽっかりと ただ 浮かんでる〜

  ねじれた おいらの心 ぼんやりと 浮かんで 消えた

   ------------------------------------------------

 サクラちゃんもう受けまくりで、笑い転げている。半分以上、嘲りも入っているのだろうけど

まあ「毒を食らはば・・・」と自作で歌詞までできている曲を全部歌ってやった。

※Get down(さっきまでの狂った獣も ことが済めば 静かな哲学者 それでもいい・・・)

※空っぽの指定席 ※6月6日に雨ザーザー ※約束の場所 ※あしたまた... ※夏への扉・・・

さすがにネタが尽きてきた。即興で誤魔化すのも少し辛くなってきた。サクラちゃんは相変わらず

ご機嫌で、

「渋谷辺りにたむろしているストリートミュージシャンよりはマシだわ。」

という有り難いお言葉を貰った。まあ渋谷のストリートのレベルがどれ位なのか知らないが・・・。

歌ネタが尽きたから、今度は「おいらの夢」攻撃でいこう。

「実はね。おいらの夢は云々・・・ミュージシャンでビックになるなんて夢のまた夢だけど云々・・・

一生かかって1曲だけでも云々・・・死んだ後でも残る曲が云々・・・。」

  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

「あんた・・・、半端もんね。」

熱く語られるはずだった夢は不機嫌なサクラちゃんの言葉で遮られた。

「よくいるのよ、そういう半端もんが。」

「半端もんなら徹底的に半端もんになりなさいよ。」

「いや、だから・・・。」

弁護側の異議は無情にも却下され、回線は・・・途切れた。

半端もんか・・・確かにそうだ。負けたな・・・多分、君は正しい。不思議とダメージは少ない。

思い上がりのハリボテが急に外されて、ひ弱で貧弱な体がさらけ出されただけ。もう少しで

頂上だという時に、急に落とされて、ちょっとめまいがしてるだけだ。よくあることさ。

でも、この記憶は何処かに残しておこうと、よく回らない頭で何となく考えていた。

 ハイライトの吸い殻を灰皿いっぱいにしただけで、眠れない夜は明けた。強者どもの夢の

カケラをゴミ回収車がしきりに飲み込んでいる...朝の歌舞伎町を後にした。歩みの速い

カボチャやジャガイモたちの中を筋肉痛の体を引きずりながら駅に向かう。沢山の他人事の

無関心の中で、苦手だった人混みが苦にならなくなっていた。ただ自分の進むべき方向を

確かめながら一歩一歩進む。まあ急ぐことはない。今日の目的の場所はまだ1つも開いては

いないのだから...。

 それにつけてもこの街は宝の山だ。普通の楽器屋に中古屋、よだれ物の並ぶ中、目的の

物を探す。こんな場所に住んでいたなら、有り金全部、楽器に注ぎ込んでいるだろう。

 午前中の店のベースだけのフロアー。他に客はいない。楽器の調整中だろうか、店員と

おぼしき人がえんえんとフレットレスベースを弾いている。楽器を見ながら近づくが彼は

我感ぜずとばかりに弾き続ける。ジャコパスのフレーズだろうか、それにしてもうまい。

少し白髪混じりの長髪を後ろで束ねて、どこかの昔のミュージシャンのプリントTシャツに

Gパン。いかにもそれらしい装飾物が似合っている彼は、しかし、ひいき目に見ても20代

には見えない。食えないバンドマンか、希望に満ちたミュージシャンの卵のなれの果てか。

彼の背中には哀愁が漂っていた。

「コピーじゃダメなんだ、コピーじゃ。」

そう呟いた言いたくて、言えなくて、そのまま店を出た。彼もまた“半端もん”の仲間なん

だろう。

 次の店でようやく目的の物にたどり着いた。地元にも支店がある系列チェーンだった。

地元でも購入出来ることが判明したので、試奏して値段と型番だけ確認した。別のフロアー

でドラムのスティックだけ買って、そこを出た。筋肉痛にスティックマッサージが効くのは

あまり知られていない。これは自分のオリジナルだ。都に来て楽器系で唯一買った割高な

スティックをバックからはみ出さしたまま、駅に向かう。目的を達成した後の開放感からか

偽物や半端もんの群も少し優しく見られる。

 

 ダイヤも石ころも区別がつかない。偽物でなければ腐りはしない。ただ埋もれるだけ。

石ころも磨けば銀位にはなるか。とりとめのない連想の中、昨日の夜のメロディーが完全に

忘れ去られているのに気が付いた。まあ、それもいいだろう。忘れられるメロディーには、

それだけしかパワーが無かったということだ。ただ道行くおネーチャン達、手を伸ばせば

届きそうな、でも金輪際ご縁のない彼女たちだけが妙にきらめいて眩しかった。

 特急の中での約1時間半。筋肉痛の足とスティックのマゾヒスティックな格闘の後、

降り立った地元の駅前には数は少ないが、やはりきらめくおネーチャン達。こっちも結構

捨てたもんじゃない。が、縁がないのもやはり同じだ。哀れな半端もんの本質は、やはり

どこにいても、あまり変わらない様だ。梅雨空は平等に僕らの肩を濡らしていた。//

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