・地の果てよりも遠い距離
 君までの0.02mm...。言い訳するには近すぎる距離を、僕は金で誤魔化していた。思い出にしてしまえたらいい。何度も何度も絶ち切って、傷口のようにまた繋がってしまう曖昧。僕は君が望んだものを、僕が「汚れた」と形容したモノを与え続けた。それ以上の期待は封印し続けてきた。手渡せば終わる逢瀬。なのに君は遠回りをしようと帰り道を攪乱する。君の全てを背負えるほど、僕はまだ安定していない。君を見つけたドライブスルー。あの満面の笑顔に騙され続けること。それが僕の残された純情なんだ。

 

・20μの断絶が僕らの全て
 17だと偽っていた。それを告白されたとき、僕は少し君に近づいた。そんな錯覚を幾つも重ねてきた。数ヶ月の関係に、初めての終わりを切り出したのは僕だった。飽きたのではない。その後の未来を、その悶絶を、予期していたのかもしれない。もうこれ以上、こんなこと続けていられないよ。安心しきっていた君は、予想もしていなかった言葉に、しなだれて見せたっけ。いつでも言ってくれれば、連絡しないから...、あなたの前からいなくなるから...。ねっ、だから...、また会ってくれる?いつでも断ち切れるという安心が、僕の思考を麻痺させた夜だった。

 

・ポケベルにお願い
 ふやけた欲望には、いつものポケベル。心を見せ合わない暗黙。それが心地よくて甘えてしまう。3度目の逢瀬で情が芽生えているのに気が付く。最初に聞いた名前を、すぐに忘れて聞き直した。何度聞いても答えない沈黙に、人形になりきれない心を知る。なぜ君はここにいるの?君という不思議は、理解の届かない闇に隠れて見えなかった、長い長い間。今でさえ見えないところがある。

 

・途絶えた劣情
 気の利いたポケベル語も知らない。ただ電話番号という欲望の証だけを刻みつける。でも反応はない。いい夢だったと言い訳して宙を仰ぐ。育ち過ぎた感情を持て余していた。そんな空白が、僕をしがみつかせた。バイクでこけて入院したの。ベルは親に隠されちゃったのよ。三ヶ月後の天使に、夢中でむしゃぶりつく僕がいた。
 

・くちびるはあげない
 君はくちびるをはぐらかす。自然な流れを拒まれ、心だけは萎える。嘘が上手なのに、嘘が下手な少女。だから僕はくちびるを求め続けた。肉よりも、肌よりも、粘膜よりも欲しいモノ。全て買えない哀れさが、僕の背中を丸くしていた。

 

・落ち着くのよ...
 なんか、落ち着くのよね。ママにさえ、友達にさえ言えぬ秘密。僕にだけ見せる君の偶像。ふとした言葉が心をくすぐる。
 

・ホット&クール
 ホット&クールよ。優しいだけじゃダメ。君が惹かれるタイプを聞かされた。ホット&クールか...。僕には到底なれそうもない。僕には弱さという見せかけの優しさしかない。ホット&クール...。遠い目が弱々しく笑って見せた。

 

・留守電の悲鳴
 数分おきだったのだろうか。夜遅く仕事場を後にした僕を驚かせた留守電。悲鳴に近い懇願。電話して...。アナログの携帯の留守電サービスは君の為だけだった。何度目かの断絶は君が告げたがっていた。身を隠す事情なんて、僕には想像も出来なかった。サヨナラじゃないよ。絶対だからね...。なぜ泣くのだろう。愛おしさに、口づけした夜。キスしていい?なんて聞く野暮が僕。肉体の切なさを噛み殺して、だけど遠回りで送っていったね。

 

・君の剥製
 短くて半年、長ければ数年。そんな中途半端な別れを噛みしめていた。映画みたいな美しさだったと、自慢したくなる心。人を隠すには人の中。君はどんな人ごみに揉まれているんだろう。でも淋しくなかった。だって僕の淋しさは、君に触れることだったから...。その記憶の美化作用の中で剥製にしておければいい。僕はまた、元の放蕩に戻るだけだろうけど。

 

・本気で濡れた夜
 美しき終末に酔いながら、「サヨナラじゃないよ。」がリフレインする頭の中。身動き出来ずに、過ぎゆく日々を見送る愚か者。もっと汚れれば忘れられる?でも、なぜか崩れられない最後の砦があった。不思議な時間を断ち切ったのは思いがけない電話だった。まだ数ヶ月しかたっていない...。戻ってきたのよ。迎えに来て...。嬉しいのを通り越して慌てる僕がいた。電話ボックスの横には君。違和感無く助手席に滑り込む僕の想い。本気で濡れたその夜の君が、更に僕を苦しめていった。

 

・夢はすぐ醒める
ねえ、ふところ厳しいの...?そんな言葉で夢から醒める。あ、ああ...。ゴメン。忘れてたよ。無償の愛は二夜で終わる。また元の黙阿弥。同じじゃない。くちびるより欲しいモノを求め続ける苦悩が増えた。知りながら利用される。前世の因果なのだろうか。

 

・キスマーク
 君の向こう側の誰かの影に怯える。そんなの関係ない...。でも、見つけてしまったキスマーク。欲しくない、欲しくない。心なんて欲しくない。

・何を求めて
 いつの頃からか、僕から連絡することはなくなった。連絡、即ち欲望。そんな構図に耐えられなくなっていた。必ず君は連絡をよこす。求めるのが僕ではなくても。

・役立たずの犬
 長い沈黙。辛抱強く餌を待つ犬。耐えられなくて三ヶ月目にした電話。また電話するよ...。必要とされないのなら、僕の役目は終わりだ。望んでいたはずなのに、心はかき乱される。

・最初の衝撃
 およそ半年の純潔。気まぐれにも程がある。呼び出しておいて君は...。久しぶりの照れ隠しの笑顔は残酷だった。ペタンコの靴。ダラリとした服。ふくよかな体。重い足取り。声が出なかった。そんな現実が目の前にあった。えっ....!あんなに焦がれていたのに...。身重の天使なんて見たくなかった。生涯最上級の衝撃。それでも憎めなかった男。

 

・指輪
 髪の毛の色は黒に、少し短くカットしたヘアスタイルも悪くない。少しずつ浮かび上がる知りたくもない現実。もしかしての視線が薬指で足踏みをした。19で結婚、20で子供...。君の夢を笑えた僕はもういない。その事実を教えたかっただけだよね。積もる話も途切れ途切れ...。どんな気持ちで僕を呼んだの?

 

・身重の魔女の誘惑
 ひとしきり当てもなく彷徨う車。君の真意が判らずに目的地が見つからない。どこを彷徨っても思い出が光り出すこの街。しみじみと味わえば終わりのはずだった。夢の中心にいるはずのお姫様は、生活だけではない背負ったモノを僕だけに見せつける。奴に見せればいいじゃないか...。なぜ、僕をあてにする?大きなお腹を撫でてみる。悔しさと憎しみと...、別な想いが混ざっている。ならいい。見返りなんていらない。足りないなら永遠に貸しておいてあげるから...。でも、絶対にいやだよ。前とは違うんだ。もしかしての愛情を探っていたから愚かでいられた。でももう違う...。こんな仕打ち、こんな屈辱...。...少し疲れたわ。ゆっくり出来るところに行かない...?絶対に触れない自信があった。いや、あると思っていた。身重の魔女の誘惑に、僕は...、僕らは罪を重ねていった。

 

・幼かった乳首の記憶
 黒ずんで大きくなった乳輪。母になる為の準備のメカニズム。乳首が幼いのよと呟いていた遠い過去。押さえないでね。もう自分の意味さえわからない。ケダモノにさえなれない。それに引き替え母なる本能は強い。欲しくもない肉欲を晒して、君と僕との防衛本能が絡まない闇に沈んでいった。

 

・喉元過ぎれば
 理性の抵抗はもろい。罪の意識なんて直ぐに消えちまうもの。日に日に大きくなるお腹を愛しくさするのは...、僕一人じゃない。僕には名付ける権利さえない。お腹を蹴るのよ、元気みたい。君は未来を想像できるかもしれない。でもそれは僕には意味をなさない。思考停止の肌を送り届ける狭い車。オンボロ2シーターでは、子供も乗せられないよ。

・臨月
 臨月に逢えぬ日々。産まれるのを祝いたい心が捻れてしまう。何が欲しくて、何が言えなかったのか。何を恐れて、何に縋っているのか。君の存在は柔らかい拷問だった、出会ってからずっとね。

 

・空っぽの指定席
 そんな気持ちを歌に込めた。言葉では言えないことが歌なら伝えられる。君の中で芽生えた命。あの箱にどんなメッセージを隠したのか、今の僕にさえ、まだわかっていない。

・無償の恋人
 男の子は君に似ていた。君は有り触れた夢を抱きしめて、頬ずりしている。そんな風景は歪んだ心にさえ、素直に浸みてきた。君の大好きは僕も大好き。無償の愛を見せつけられると、嫉妬心さえ起こらないもんだよね。その子に会えるのはいつまでだろうね。記憶の底にも残らない僕という存在。視線を逸らさない澱まぬ瞳よ。子供とはすぐに友達になれる。目に見える成長に目を細める日々。

・間接的共犯?
 そんな君の幸せは長続きしなかった。そんなに簡単に壊れてしまうものなのだろうか。ならばなぜ...。詳しくは知らない。聞きたくもない。女の声の電話に切れた君。知られていなくても、君も同罪なんだよ。むしろ罪は重いかもしれない。鈍感な男でも感は働くのさ。僕は間抜けな間接的共犯者だ。僕の罪はもっと重いだろうけどね。だって僕は、密かに願っていたんだから...。君のちっちゃな恋人に最後に会った時、彼はとっても不思議な表情をした。笑うような、悲しいような、懇願するような表情。君も不思議がって笑っていたけど、僕の心は笑えなかった。何かを感じたのかもしれない。今ならわかる。遅すぎるけれどもね。男の子はママを頼んだよって言っていたんだ。もっと早くわかっていれば、君のママの今が、少しは軽くなっていたのにね。ゴメン。

 

・親権
 多くを語らない君の強さが、僕を寂しい薫りにしていた。一週間ごと、一ヶ月ごとに子供をキャッチボールするなんて曖昧は長くは続かない。母親の座の優位性は、絶対的なものではない。複雑な家庭環境。圧倒的に不利な経済的状況。時々見せる思い詰めた表情を、気が付かないフリするしかないのが切なくてね。我慢せずに泣いてくれたら...、肩を強く抱いてあげられたのに...。同じ星座の君は、同じように堪え忍ぶのが得意だ。君の向こう側を知りながら触れられない僕は...。

・僕を諦めて
 もう諦めたよ。僕は笑って言ったっけ。まだジョークに出来た日の口からでまかせ。もう諦めたよ、君から逃げることは...。あの日の嘘を裏切れず、深みにはまっていくのも僕らしい愚かさだよね。

 
・触れないこと
 話し出すまで訊かないのが僕の流儀。うすうすのカンが知っていても触れない。冷たさだって僕なりの不自然な優しさ。別れ際が一番辛いのよ。月に一度の残された権利を行使出来ない心が我知らず零れ落ちる。言葉もなく、微かに頷くだけの僕。想像なら出来るけど、共感だと言い張れば嘘になるから。言えないことは幾つかあるんだよ。その痛みを乗り越えてでも逢いに行きなさい。その中のひとつは、届かなかったみたいだった。

 
・最後の祈り
 今ではスッカリご無沙汰な仏壇。いろんな想いから手を合わせ続けた日々があった。いろんな感謝と微笑みと...、元気な報告。先祖にお願いしてはいけないと何処かで聞いたことがある。だから自分のことなんか、絶対に頼まない僕なのに、一番最後に願ってしまうことがあった。君に幸せが届きますように。君に一番欲しいモノが手に入りますように...。お門違いな祈りは、皮肉な形で叶えられることになる。気まぐれな音信不通が 第二の衝撃の静かなプロローグになっていた。

 

・そんな予感
 久しぶりだね。元気だった?それ以上は聞けない弱さは、それでも嬉しくて寄り添った。長い月日がそういう暗黙を創り上げていた。意志とは別の自然が流れる。段差によろけて慌てる君を、そんなことないさ...なんて願望が見逃させた。聞かずに話させる卑怯をベットに晒す。黙っていることしか、選択肢はない。一度だけ間違いをしちゃったの...。前の亭主とね。間違いなら僕の方が多いだろう。でもね...。力が抜けちゃう理由は別にあるんだ。全部決めてから知らされるのが嫌だったんだ。さみしいじゃない。一番の苦悩と大事な決断を、君は一人でやってのけちゃうんだね。シングルマザーで頑張るわ...。遠い目で頷く。気を使いながら抱きしめる。近くて遠い君は、誰よりも僕をちっぽけな男にしていた。
 

・泡沫の独占
 同じ様な風景が流れていた。同じじゃないのは君の薬指だけだった。
前ほどの心配もない。少なくとも今は僕だけなんだろう。もうじきその子に奪われてしまう君。愛し合うもの達だけのテレパシーに僕は色褪せるんだね。君の欲しがったものは、僕だって願ったものさ。設定はあまりにも違うけれどね。

 

・言えない理由、言わない訳
 いつかは言わなければならない。決して怖い訳じゃない。ただね、視線が水平にならなけりゃ、言ったって意味はない。そんな風に逃げているんだろうね。別に利用されてたっていいんだけれど...、引っ掛かているのは何処なんだろう。歴史が多すぎてね。そんなのもういらないわって言われる未来なんて、存在し得るのだろうか。何も与えない僕は意味を持つんだろうか。どちらでもいいんだよ。一瞬だけでも愛されたんだから...。

・酔っぱらいな君
 母乳を終えた君は酔いたがった。大切を預けて作る僅かな時間だけが僕の取り分。ほろ酔いが君をはしゃがせた。よく笑う君。愛するもの、永遠の恋人を取り戻して安心している。見えない明日よりも素敵な今。でも、君はへまをしてたよ。僕は聞き逃さなかったんだ。深くは考えなかったけれどね。もうHなんてゴンちゃんだけなんだからね。その後に続く言葉も意味不明だったね。当たり前を強調するのは不自然なんだよ。でも別れ際の軽いキスが、君の向こう側を見えなくしていたんだ。

・柔な野性
 短時間で実入りのいい仕事が君を疲れさせているんだろう。接客業は気を使うよね。ゆっくりとコントロール出来てしまう僕の野性が、理性の言い訳に丸め込まれていた。軽い胸騒ぎくらいはあったけど、正直鈍感だったよ。だって何の約束もないし、君も僕も自由とやらに騙されていたんだろう。よそ見なところも似ているなんてね。もう10年なんだよ...。感慨深げな言葉の次の空白は、僕が無理矢理埋めるべきだったのかもね。まったく君には驚かされ続けるよ。殺してやりたいくらいにね。

・冷えた肌
 いつの間にはしゃぐ君は影を潜めていた。お別れのキスもお預けのままになった。強く抱きしめるのを嫌がる心。表情まで冷たく感じてしまう。同じ視点など、馬鹿げたおとぎ話にさえ思える肌。気が付いたのは何ヶ月目だったのだろう。まったくもって可笑しすぎるピエロだ。笑うことさえ出来やしなかったよ。一瞬だけ思ったんだよ。のたれ死んだって知るもんかとね。どういうことだよ...なんて言ったような気がする。大声も出せない男は、裸のまま情けなくうつむいていたっけ。だって、言いたくなかったんだもん...。聞きたくないことを途切れ途切れに零す君。
酔って覚えていなかったの。(...そんな言葉は便利だね...。)もう連絡も取っていないのよ。(...そんなの当たり前だろ...。)お母さんに言われたのよ。好きな人の子供を産めなくなったらどうするのって...。だから...。もう無理だけどね...。たぶん無理だけどね...。( ...。)

・願望ではない何か
 今までのとはちょっと違う緩やかな振動が足元を危うくしていた。真っ白な心の揺らぎに、まだ浮かんでこない感情を探していた。憎しみ?悲しみ?情けなさ?僕が見つけた僕の感情は、自分でも意外な形で姿を現してきた。一番愛しい人の苦しさに寄り添えぬのは、愛じゃないよな...。その人の全てを受け入れるのが、好きってことじゃないかな...。
きっと君の今の責任は僕にだってあるんだろう。昨日の君の声の色に、にじんでいた感情を噛みしめてみる。僕の足元は前よりもっと頑固になっていった。

・結婚線
 僕の結婚線はいいらしい。安定していい家庭を築けると言われたことがある。小指の下の線に変化はない。全く何処が安定しているんだろうか。一夜が遊びで、数年間が愛人で、一生涯だけが賛美されるけれど、心の動きと金の流れに大差はない。手相は当たっているんだろうか。この10年は笑い話になるだろうか。

・...ing
 三番目の命は女の子だった。今度こそはの名付け親になり損ねたけれど、別に全然怒ってはいない。君の宝達が僕の欲望を干からびさせていても、結構平気なんだ。もしかしたら君以上に好きでたまらない僕は、少しおかしいのだろうか。外出もままならない君は僕を呼び出す。お昼の団らんゴッコは、僕にだって宝石になっている。子供語の翻訳だって上手くなったよ。いろんなストレスを積を切ったように投げられても大丈夫だよ。なんか楽になったよって言われるだけで十分なんだよ。そんな下等な雄に成り下がること。平凡に埋もれること。僕にしか出来なかった弱さの貫徹。この物語が始まったのか、終わりなのかわからない。けれどこの辺で筆を置こうと思う。読んでくれてありがとうね。これが僕の正体なんだよ。今を積み上げるしか明日に続く道はないんだよね。

 

 

 

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